Go Westな日々


GoWest2008農とアートと贈与の旅から始まった私たちのGoWestな日々をつづる
by gowest2008

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出会いと再会の郡上おどり


日曜日に秩父宮ラグビー場で開催された郡上おどりに参加。久々の郡上の人たちとの再会。帰国してから5カ月もたっているのに、「おかえり」と言ってもらえるのが不思議で、でも嬉しかった。

踊ったり、上田酒店のブースのお手伝いをさせていただいたり。これも2年前の白金グローバルフェスタぶり。いろんなかたちで郡上とかかわりのある人と出会えた。おととしまで会場だった梅窓院の方、卒論で郡上踊りの踊り言葉について書いた方。そして、いろんな再会もあった。2年前に郡上に行った時に、上田酒店でお会いしたバイクでいろんな土地を旅していた方、3年前の戸塚まつりに来てくださった方。松浦さんのお店には、お客さんから挨拶しに来る人がたくさんいる。

松浦さんと初めて話した時のことも思い出した。あの時、「遠回りと思ったり、無駄と思うことでもやってみなさい。最短距離を通ると細くてもろいから。」と話してくれた。

いろんな形でこの3年間を思い出して、最近自信をなくし気味だが、こんな自分の今までもあったなと再会から思い出した一日だった。途中からだったけれど、いろいろとお手伝いさせていただいた(つもり)。その中で、新たに顔や名前を覚えてもらえた人もいた。体を動かした、つながったからには、この夏も行かなくては!という思いを新たにしました。


かなた
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by gowest2008 | 2011-06-21 00:17

郡上おどりin青山

みなさんこんにちは

gowest2期生みかなです。

6/18(土)、19(日)に東京の青山秩父宮ラグビー場にて
「第十八回郡上おどりin青山」が開催されました。

私は今年も2日間午前中の準備から片付けまで参加させていただきました。
今年は郡上から発電機も一緒にやってきて、節電を行いながらの開催。

会場で変わらない郡上の皆さんの顔ぶれを見てなんだかほっとしてしまう自分が不思議です。
今年はGowestメンバーが何人かお手伝いに来てくれたので、郡上の皆さんにメンバーを紹介したりして、
郡上に行ったときに積極的に関われる様な土台が作れるといいなと思っていました。
(みんな積極的に関われたかなぁ??)

私は公社のブースでTシャツや手ぬぐいサイダーなどの販売をお手伝い。来てくれたお客さんの中には、今までの青山の参加賞手ぬぐいで浴衣を作っている方がいて、このお祭りが18回も続いていることが
形になって見えたのに感動しました。

今年は郡上の皆さんだけでなく、青山外苑前商店会の皆さんとも交流することができ、明学生「gowest」も青山の郡上おどりに関わっていますよってことを少し知ってもらえて、これからの新しいつながりができていけばいいなぁとわくわくしました。いろんな人の思いがあるからこそ続いていけるお祭りで、外苑前商店会の人たちも郡上の人たちに負けじと劣らずパワフルで、この2つの場所は人の芯の部分で繋がっているのかもしれないと思わされました。

学生として参加できるのは最後になってしまいましたが、去年の自分の気持ちともまったく違った青山の郡上おどりでした。去年は夏からお世話になる「学生」として、認めてもらいたい、嫌われたくない、とにかく動かなくちゃという焦りがあって、イベントを本当の意味で楽しむ余裕がなかったなぁと思います。もちろんそういう気持ちがあったから自分が成長できたとも思うし、頑張れたとも思うのですが、今年は去年自分か作ってきたつながりを大切にしながら、そのつながりをもっと大きくいいものにするために自分がどうやって動いたらいいのかということを考えられた気がしています。もちろん謙虚でいること、感謝の気持ち、井戸を掘った人のことは忘れずに、gowestと郡上八幡をもっともっと繋げたい。「ボランティアの学生さん」っていうことだけじゃなくて「仲間」として受け入れてもらえるように、学生だからできることを今年のgowestでもやっていきたいなと思いました。

郡上の皆さん本当にお疲れさまでした。そしてありがとうございました☆


今日は二日間頑張ったからか、完全に風邪をひいたみたいですが、気合いで治したいと思います(笑

☆みかな★
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by gowest2008 | 2011-06-20 15:52

宮城県亘理町イベントとこれから

こんにちは。ゆりえです。少し遅くなってしまいましたが、5月5日こどもの日に宮城県亘理町で行われた、復興支援イベントに学生ボランティスタッフとして参加してきたことについて書きたいと思います。このイベントは地域活性を支援する一般社団法人agreenが主催しています。屋台村や大道芸マジックショー、自衛隊ブラスバンドなどを通して子供たちに笑顔を届けようという目的のもと、agreenをはじめ、都内の中小企業の社長、東北の学生、東京の学生が集まり、当日のイベントが運営されました。

前日入りをしていない社会人スタッフと学生スタッフは、夜行バスで当日の午前0時に東京新丸ビル前を出発しました。途中サービスエリアを3回挟み、現地まで約5時間半かかりました。朝6時ごろから、亘理町内の被災状況をバスの中から見て回りました。亘理町には常磐自動車道という背の高い道路が通っています。そのため、それが堤防の役割を果たし、亘理町の被害が拡大せずに済んだそうです。その道路の海側と内陸側の被害状況にはかなりの差がありました。海に近付くにつれてだんだんと住宅や田んぼが荒れている様子が目に映ってきます。


生で見る津波の跡は、見るに耐えがたかった。見ているだけで心が沈み、きもち悪くなる。あの状況を、3月11日、14時26分突然迎えた住民たちはどういう心境だったのだろう?信じたくない、見たくない、触れたくない、忘れたい、忘れられない、忘れてはいけない、長く深く心の奥底の傷として残るのだろうか...。荒浜港(亘理町の漁港が盛んな港の地域)で見た、がれき集の山の高さは想像を絶していた。テレビでは映されないところ。海のすぐ近くの船、旅館、建物...。家の敷地に立っている赤、黄、緑の旗のシステム(以下に詳細を記載)はわかりやすさと同時に虚しさを感じる。住民がそれぞれ自分たちの家を壊すか、残すかを判断する。決めることの難しさは虚しすぎる。ぱっと見ただけでは、緑の旗は見当たらなかった。(当日の自分のノートより)


荒浜港地区に入ると正常な家があったであろう所に、色のついた旗がたてられていました。バスに同乗していた、町役場の方がそのシステムについて話して下さいました。
赤…家をすべて壊す
黄…母屋を残してそれ以外を壊す
緑…すべて残す
これは、亘理町独自で行っているもので、それぞれの家庭が自分たちで自分たちの家をどうするかを決めて旗をたてるそうです。

9時からイベントの準備で、トラックからドリンク、野菜、肉を出して各屋台の店舗に運び出したり、BBQ用のセットを組み立てたりしました。
いよいよ10時30分イベントがスタートしました。
イベント中、亘理町の人との会話の内容を少し紹介します。

・あるご家族の話
自宅に置いてあったお母さんの自転車のタイヤに、がびょうで空気を抜かれるいたずらがされていた。おばあちゃんは「こういう時期だからね」と笑って言っていた。
私は“こういう時期”にあってはならないことが起こると残酷さが増すし、悲しいなと思いました。

・おじさんの話
亘理の北の方は海が浅かったから波が低くて被害が大きくならずに済んだ。しかし荒浜港は深くて波は悲惨だった。テレビでは南相馬がよく取り上げられているが、亘理でも南の方は波が高く、被害もあったという。同じ町でも場所によってかなり波の高さが異なるらしい。また常磐自動車道は有料道路で、普段は赤字道路だったらしい。しかし、今回の震災から亘理町を守る役割を果たした。などと教えて下さった。


来場者には親子連れが多く、ステージや、温かい屋台の食べもの、BBQのお肉などをそれぞれが楽しんでいました。特に、マジックショーの時の子供の野次がすごく面白くて、好きでした。こどもが大人に本気で「せこい!」とか「全然すごくない!」とか言っている姿をすぐ近くで見ていて、子どもたちが楽しんでいるなということがわかりました。

会場から見る風景はとてものどかでした。4両の電車が1時間に2本くらいしか通らない線路。高い建物など無く、すごく広くて青い空。地面に広がる緑と、直線の道路。線路を挟んで西側には住宅があって、そののどかな風景は、地震を一つも感じさせないひとつの田舎の風景でした。ただ、2kmくらい東には仮設住宅が作られていて、その隣に故障車が何百台と並べられていました。

夕方には亘理を出て、深夜に東京駅前に到着。夜行バスは、しんどかったです。
今回の亘理のイベントでは、自分で思っていたより被災地の方々とあまり多く触れ合えなかったので、今度行く時は、もっと人と会話したいと思います。そしてもっと早くブログに書きます。



いま私は、学校の授業だったり、農園での勉強会だったりで、3.11の出来ごとを度々考える機会があります。だからそれを“過去のもの”とはもちろん思いません。でも、もうあの出来事を“過去のもの”と認識している人がいるとニュースで聞きました。私も例えば3年後、無意識に考えなくなっているかもしれません。学生時代にこの震災が起きたのだから、私がやらなきゃいけないことは、勉強することだと思います。たぶん。うまくまとまりませんが、そんな感じです。


もうすぐ夏がやってきます。去年みたいに暑い夏になるみたいですね。大学生活3回目の貴重な夏、ぼーっと通り過ぎないように、今年起きたこと、これからのこと、1個1個にちゃんと向き合って生活していきたいです。行きたいところも、会いたい人も、やりたいこともたくさんあるのだから。


粕谷友理江
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by gowest2008 | 2011-06-15 19:13

郡上おどり@戸塚~善了寺~

戸塚まつりお疲れ様でした。ゆりえです。

今回の戸塚まつりで、私が郡上おどりと出会ってから、ちょうど一年が過ぎた。
去年は正直、リカルドさんたちが毎年戸塚に来てくださっていることとか、郡上
おどりが何なのか全くわからないまま、ただあの場所にいた気がする。だから反
省点とか今後の課題とか、まともに生まれなかったし、ただおどって楽しかった
という思いだけだった。

あれから一年。去年のGW、東京で行われた青山などの物産展、そして今年の春
の郡上の旅...。いろいろなかたちで郡上と関わってこれた。その分、今回の郡上
おどり@戸塚はいろいろと考えることが多かったし、反省点も課題も目標も生まれ
た。

講演会はすごく豪華だったと思う。即興で吉村さんが故調かわさきの独々逸調を
披露してくださった。私は目も耳も心も引き込まれて感動した。またみかなさんの
発表は何回か聞いたことがあっていつもすごいなぁって思うけど、今回は特に簡
潔でわかりやすく、郡上の魅力が伝わってくるもので、これにも引き込まれた。


善了寺でのおどりで、去年と違うのは本堂の中でおどったということ。一番いい
なと思ったのは、声がよく響くことだった。外で踊った去年よりも、歌い手さんの声と踊ってる
人たち返しの声がよく聞こえて、それを聞くのが私は好きで楽しかった。


講演会での反省点は時間通りに全員を教室に移動させるできなかったこと。時間を見て、支持して行動しなければいけないのに、ついついいつもの癖で、受け身の態勢になってしまっていた。気付いた時には、時間が来ていたり、みかなさんが行動していたりで、自分の行動の遅さに反省した。

善了寺では、イベント全体の流れと、細かい善了寺側との打ち合わせ内容を理解しておくべきだった。聞かれてもわからないことが多すぎた。それでもGWのみんなは臨機応変に動いてくれていた。来年はもっと前々からわかっていることを参加するみんなで共有して、より円滑に学生が動ければと思う。



来年、今の4年生はいないのだと考えると、すごく不安に思った。もっと、今の2、3年生を巻き込んで、もっと多くの人に郡上おどり@戸塚のイベントに参加してもらいたい。郡上の方々を始め、善了寺、とつか宿駅前商店会の人たちが明るくなるような会を来年もやりたい。
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by gowest2008 | 2011-06-11 15:57

戸塚の郡上おどり

今年も戸塚祭りに郡上の方々が来てくださった。わたしがいない1年の間に、郡上と深いかかわりを築いてきたみかなの存在が終始まぶしかった。

都々逸調(七七七五)のうたをみんなで考える。日ごろ、季節のうつりかわりや日々の出来事に対して、感じて表現するのをさぼっていることがよく分かる。一生懸命中身や言葉遣いを考え、その昔うたをつくった人たちの心に思いをはせる。自分がつくったものを迫力のある声でうたっていただくと、少し照れくさいけれど、踊り以外で郡上踊りという芸術に参加できたという喜びも感じられた。

善了寺では、雨のため本堂で踊る。せっかく押入れから出してきた踊り下駄を履けず、やっぱり下駄の音がないとなんだかさみしかった。郡上舞紫の方々と再会して、踊りをおどって、とちの実せんべいやニッキ飴を見ていると、郡上の風景が浮かんでくる。今年の夏もあのまち、あの人、あの踊りに再会したいという思いが強くなる1日だった。


かなた
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by gowest2008 | 2011-06-06 03:40

3年目の郡上おどり@戸塚

5月28日(土)今年も郡上からリカルドさんをはじめとする郡上舞紫の皆さんが来て下さった。

思えば初めて郡上おどりを踊ったのも、リカルドさんにお会いしたのも2年前の戸塚まつりの時だったなぁとしみじみ思った。

戸塚の校舎では郡上特別講義。私は10分間ほど郡上八幡の説明をした。1年前もやったけれど、その時は場馴れしていなくて、緊張しすぎて本当にグダグダだった。(その時はその時なりに一生懸命だったけど。)今年は、リカルドさんに褒めていただけるまでになっていて、自分でも成長を感じられた。思えばこの一年、人前で何度郡上八幡の話をしたのだろうか。「伝えたい」と思って、表現の方法を考え、伝え続けたことが大切なことだったのだと気がついた。

都々逸調の歌詞をみんなで考えた。7.7.7.5の歌詞に自分の思いをのせる。思っていたよりも難しくて苦戦した。400年前に作られた歌詞、保存会ができて作られた歌詞、即興で作られる歌詞。もっと郡上おどりの歌詞の意味も勉強したいと思った。

そのあとは善了寺に移動して、お寺の本堂の中で郡上おどりを踊った。今年はとつか宿駅前商店の強力なバックアップをいただき、初めて物産展も開催☆お寺には、踊りに参加しなくても物産展の商品だけを買って下さる方もいた。今までは、境内で踊っていたけれど、本堂で踊ると、お囃子と踊り手がすごく近い。その距離感は更なる熱気を産み、最初は踊りの輪に加わっていなかった人も次々と踊りに加わり、まつさかを踊り終えたときの一体感はなんとも言えなかった。そのあとの交流会でも、学生、郡上の皆さん、住職、カフェデラの方々、大学の先生など、さまざまな人が混じり合い踊りの後の宴を過ごした。「士農工商の融和」とまでは行かないまでも、踊りが人々の距離を近づけてくれたのだと思った。

こうやって主体的になってこのイベントに参加できるのはもうないかもしれないと思うと寂しくなった。でも、郡上と戸塚のつながりは年々強くなっている。そのつながりを作れたことをとてもうれしく思う。10年、20年とこのイベントが続いていって欲しい。そんなことを想像するとわくわくするっ。


今年も無事に郡上おどりを戸塚で開催することができた。善了寺の住職をはじめ、カフェデラ・テラやとつか宿駅前商店会など、多くの地域の方の力をお借りし、イベントを行うことができた。こうした地域とのつながりを大切にして、ゆくゆくは青山のようなお祭りになっていったらいいなぁと思う。郡上の皆さん、来年もお待ちしております(*^_^*)

みかな
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by gowest2008 | 2011-06-04 16:17

小雨の郡上おどり@戸塚

先週の土曜日、戸塚まつりに合わせて
郡上の八幡と白鳥から歌い手さん踊り手さんが来てくださった


昼間は大学で郡上おどりの成り立ちのお話や
独々逸調の詩をみんなで書いて、それを保存会の歌い手さんが
その場でかわさきの節回しに合わせて歌ってくださるという
豪華なワークショップをしてくださった

独々逸調は7句・7句・7句・5句の詩形から出来ていて
郡上おどりの歌は独々逸調の節回しでできている
この独々逸調、なかなかむずかしい!
わたしは結局1つも完成しませんでした。。

ほのぼのするもの、大笑いを誘うもの
作ってみて改めて、生活が映る歌に心がひかれるなあと思う
わたしの町には「伊勢原よいとこ、一度はおいで」みたいな盆踊りしかないから
盆踊りはそういうものと思いがちだった
郡上おどりでは もっと暮らしを感じる、人のいのちが思い浮かぶ


夕方、場所を善了寺に移して郡上おどりを踊る
雨のために本堂の中だった
だんだんと踊れる人も踊れない人もみんな熱気を帯びていくのが分かる

阿弥陀様の前で踊りの円が右回りになったり左回りになったりする

歌の返しがなんとなくできるようになった
歌の言葉が聞こえてくるようになった
踊りだけではなく、そういうところでも郡上おどりを楽しめるようになった

それとまだお会いしたことがなかった
歌い手さんやお囃子の方に会えてうれしかった
どんどん郡上の方と知り合えていて
郡上に行くのがもっと身近なことになっていく


今年も郡上おどりの季節がはじまったなあ
次は6月18日、19日の青山での郡上おどり
早くまた踊りたくてうずうずしている

わたしも立派なおどり助平になってしまったみたいだ

ちひろ

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by gowest2008 | 2011-06-02 01:31


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