Go Westな日々


GoWest2008農とアートと贈与の旅から始まった私たちのGoWestな日々をつづる
by gowest2008

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サバイバルキャンプ2010 情報


サバイバルキャンプ2010のお知らせです。

■サバイバルキャンプ2010みち-未知から道へ-
今年のテーマは「みち」です。

福祉農園には世代や出身地、職業、障害の有無など様々なものを越えて、人が集まっています。それぞれが歩んできた道は様々であり、お互いの考え方や生きてきた環境はお互いにとっては未知なるものです。また、サバイバルキャンプに参加する人の多くにとっては、農業や農作業自体が初めての体験(未知なるもの)の連続です。まずは、参加者それぞれが自分にとって未知なるものに触れてください。

そして、未知なるものへの好奇心や探究心などから「新たなつながり(道)」が生まれれば、サバイバルキャンプがそのきっかけになればと思います。通路としての道は何度も往来を繰り返すことによって道として存在します。畑も同じで、一度除草をしただけで畑としてずっと使えるわけではありません。堆肥を入れ、耕し、種を蒔き、草を取る人がいて畑は畑でいられます。

サバイバルキャンプは一週間という限られた期間のものですが、我々の活動は1年を通じて行なわれています。今回参加する方々の中に福祉農園へと通じる「道」をつくる、未知から道への結節点になるようなサバイバルキャンプを作りたいと思います。

■開催場所
見沼田んぼ福祉農園

■開催日
2010年8月8日(日)~8月14日(土)

●一週間の予定
<一日目 8/8(日)>
【昼】 開会式 ベースキャンプ設営、ロータリークラブとの共同作業、
    メンテナンス講習会 
【夜】 (勉強会)昼に引き続きメンテナンス講習会

<二日目 8/9(月)>
【昼】 福祉農園にて作業
【夜】 (勉強会)パイロット事業報告
 
<三日目 8/10(火)>
【昼】 福祉農園にて作業
【夜】 農園協議会

<四日目 8/11(水)>
【昼】 福祉農園にて作業、一部人員を近隣農家へ派遣
【夜】 勉強会(細部内容検討中)

<五日目 8/12(木)>
【昼】 福祉農園にて作業
【夜】 (勉強会)「誰でもわかる空間設計」

<六日目 8/13(金)>
【昼】 福祉農園にて作業 
【夜】 打上げ

<七日目 8/14(土)>
【昼】 片付け

※ 福祉農園における作業については畑作業と農園整備作業を予定しています。
  勉強会や作業の細部内容については現在検討中です。
  決まり次第、このブログを通じてお知らせします。

■参加費
  一般参加費:一週間15,000円/スポット参加2,000円(一日)
  *食事代込み
  *宿泊はテント
  *8/13の打上参加費は別途徴収

参加希望日時を申し込みの際に連絡ください。

■持ち物
作業できる服装・靴・軍手・タオル・帽子
(泊まられる方は寝袋をお持ちください。)
※作業内容は天候により変更になる場合があります。
※参加の申し込みや不明な点のお問い合わせは以下の連絡先からお願いします。

■問い合わせ先
担当:松葉→e-mail:sachi_santa@hotmail.com
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by gowest2008 | 2010-07-29 22:25

こころのたねとして 感想

私は今回、みなとコミュニティーデザイン代表の加藤雅彦さんにこたねの聞き取りを行った。

私が今回、加藤さんに聞き取りをしたいと思った理由は、白金に元々住んでいた訳ではないけれど、白金に移り住んできて、白金の地域活動に積極的に関わっているのはなぜなのか、そしてソトからやって来た人だからこそわかる白金という町の魅力があるのではないかと思ったし、ソトから来た人が町にとけ込むまでの苦労話などを聞いてみたいと思った。それは自分が郡上八幡に行ったときにきっと苦労することで、夏に繋がっていけたらいいなとおもう部分もあった。

こたねをやってみていつも思うのは、「こたねだから聞けること」があったり、「こたねだから築ける関係がある」ということだ。聞き取り対象者の小さな仕草とか言葉の端々で感じる微妙な変化。自分の人生を言葉で紡いでくれている姿。普段の会話だったら気にせずに通り過ぎてしまうような一瞬の出来事も、書き留めておきたいと思い、そこからその人の色んな顔を覗くことができる。
こたねを通した会話で、加藤さんの奥様が郡上八幡出身だとか、長野にもお客さんがいるとか、つながりがたくさん見えてきた。

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by gowest2008 | 2010-07-13 18:37

こころのたねとして 感想

こころのたねとして感想 シズカ


白金の町でこころのたねとしての実践は今回で二回目。
今年の2月に行った前回と同じく、二回目の今回も白金の町工場を
親子2代で続けてきた押見製作所のこたねをつくらせていただくことに。

前回は押見さん親子2代にとっての白金にあるこの町工場について、
その町工場を営むお二人の姿、職人、時代の移り変わりについてこたねにした。

こたねをつくるのは今回で6回目くらいなのだけれど、今回は初めてテーマというのを決めて作った。ききとりを行う人に聴きたいテーマ。それが私にとって難関だった。

ききとりを行うとき、私はなるべくその人といつものようにおしゃべりして、その中でふと出てきたことばや仕草なんかを取り出してこたねにする。
でもそれは一回目のききとりだからこそできるものなんだなぁと感じた。
一回目は何も知らないからとりあえず昔のことから些細なことまでざっくばらんにお話を聴くことができた。でも、二回目となると、やはり切り口が聴き手にも聴きとられる側にも必要になってくることがわかった。

当初のテーマは「押見さん親子3代の白金の道」だった。1代目のおやじさん。2代目の押見さん。3代目の娘さん。
でも、時間の都合や、問題が生じて押見さんとしか町を歩くことしかできなかった。
それでも時間を作ってくれて暑い中白金の町を案内してくださった押見さん。

仕事の道。
保育園、小学校、中学校、そのときそのときの思い出の話。
より道。
マラソンの練習をした道。
再開発のために取り壊しになってしまった建物や工場、家。
遊び場だった町。
通らない道。

案内してくれる押見さんの目には何か今映っているものとは別のものをみている目をしてて、とっても4次元的な不思議な感覚だった。

二回目にききとりに行ったときは、おやじさんと奥さんと一緒に四の橋市場にあるスーパーに夕飯のお使いにご一緒させていただいた。
「今日の夕飯は肉じゃが」
商店街に着くまでの道で、昔の白金の話。
一歩一歩ゆっくりだけど、自分の足で二人寄り添いながら歩いている姿がなんだかとても印象的だった。

こうしてみると、なにも特別なことをきいたわけでもなくて、今回こたね作りはちょっと頭をひねってしまった。
町を歩いたり、お話をしたり、日常のことで些細なことなんだけど、私にとってはとても興味深くて素敵な体験だった。

夜になると家々に明かりがたくさん灯って、こんなにたくさんの人が生活してるんだなぁってことを実感する。それと同時に一人一人にとっての一つ一つの生活・世界があることに驚いて、世界は広いなぁって思ったりする。

もしかしたら関われなかったであろうひとつの世界に関わらせていただくことができて私はとてもうれしくなる。
けど、相手側はどうなんだろう?っていつも思う。
こたねをして、ききとられた側はどう思うんだろうって。
表現が間違っていたり、解釈が違っていたりすることによって相手側が苦しむことになるやもしれない。こっちが積極的に肯定的に行うことによって相手を追い込んで苦しめることになるかもしれない。
ことばにするのがこわくなって、それと同時に自分の殻にこもってしまう時期があった。
作ったこたねは「押見さんを通してみた白金の町」から「目にみえる白金の町」になってた。

発表2日前に行われたリハーサルで大阪の釜ヶ崎から来てくださったココルームのまいさんからアドバイスをもらう。
「もっと押見さんらしさが出てもいいんじゃないかなぁ。」

そのことばを聴いてなんとなく自分の作ったこたねに納得していない自分に気づく。
「納得してない詩を発表するのは自分にとっても相手にとっても聴いてくれる人にとっても絶対だめだ!!」って思って、急きょつくりなおす。

本番。
納得できるものを発表できてよかった。
終わったあと、聴いてくださった方からいろいろな感想をいただいた。
こたねは聴いてくれる人がいて初めて完成するんだなぁと改めて思った。

表現することはこわい。
それは去年のGo Westの旅でも思ったことだ。
けど、表現しないことにはなにも始まらない。
こたえのないものでもとにかく考えつづけ、表現しつづけていくことが大事なんだと感じた旅。
こたねはそれを思い出させてくれた。

ききとりのときにふと押見さんが言ってくださったことを思い出した。
「今度はおふくろが見て支えてきたこの工場っていうのをこたねにしてもおもしろいんじゃない?」
これからも押見製作所に足を運んでもいいよって言ってくださったみたいでうれしかった。
今度はおやじさんから文庫本(昔の白金の町を舞台にした)を借りているので、その話に花を咲かせたいなぁと思いつつ。

まいさんに「あなたは押見さんのなんなの(笑)?」って言われたけれど、
なんなのでしょう(笑)?

でも、“学生と町の人”という肩書きが少し薄まったくらいの関係ではあるのかなぁと思ったりもします。



静香
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by gowest2008 | 2010-07-13 16:16

こころのたねとしてを振り返って

こんばんは。
まだまだ不安定な天候が続いていますが、いつの間にか暑い夏はすぐそこまでやってきているんですね。

私は、ブログとかで自分の考えていることを言葉に表現することがつくづく苦手なのですが、
丁寧に今までのこころのたねとしてを振り返りながら、自分の言葉で表現していきたいなと思います。

他のみなさんが書いてくれていますが、6月の26日、27日に明治学院大学でボランティア学会が行われ、
そこの特別セッションとして「こころのたねとして」を再び行うこととなり、
私は学生コーディネーターとして、駆け回っていました。

2月の時は一人の出演者としてこたねの発表に関わっていて、今回はコーディネーターとして
学生の聞き取りに同行させていただいたり、お願いに回ったりと、様々な視点から白金の人々と関わることができたと思います。

学生に同行し、お話を聞かせていただいた後、いつも帰り道で考えていたことは
3年前の自分と今の自分。

3年前の自分、明学に入学が決まったとき、友人からはいつも「白金の町に通うなんて、セレブだね」と言われていたし、自分も当時白金に持っていたイメージというのは、いわゆる「高級住宅街」であって、自分とは釣り合わない町だと勝手に思っていた。

今の自分は、そんな3年前の自分をおかしく思う。

確かに、白金の町は、大きいビルが立ち並んで、きれいなマンションがあって、おしゃれなお店がある。
けれど、「高級住宅街」というのは、あくまで表面的な部分を表しているにすぎないのだと思う。

ありきたりな表現で嫌だけれど
この白金の町は、私の住んでいる町やおそらく他の町となんら変わらない
普通の町だと思う。
そのぐらい、一言では表現できないぐらい様々な人が多様な形で関わっている。
だから、白金に住んでいる人を、世間ではたまに「シロガネーゼ」と一言で表現してしまうけれど、
本来は一言では表現し得ないのだと思う。
昔から住んでいる人たち
  最近白金の町と関わり持ち始めた人たち
     積極的に地域の活動に関わりを持つ人たち
 親子で働く人たち
        ひとりで働きに来ている人たち
            人が集まる場所を提供してくれている人たち
一人一人のお話を聞いていくうちに、3年前は表面的にしか見えていなかった白金の町が
すごく重層的に見えてきた。

また、どの場面でおっしゃっていただいたか、覚えていなくて申し訳ないですが、婦人会の方に
「白金のことに関心を持ってくれて、知ろうとしてくれてとても嬉しい」というような言葉をいただいた。
私もとても嬉しかったし、やはり私たちが白金の町に関わろうとしていることには意味はあるのだと思う。
・・・ここまで書いて、こたねの話をした時に「で、なんの意味があるの?」と言葉を返された友人を思い出し、今度彼女に会ったら、もう一度しっかり話をしてみようと思う。

ボランティア学会のテーマが「寄りあう場としての原っぱ」ということであったので、
こたねの会場も、なんとか原っぱのように様々な人々がよりあうような、ごちゃごちゃした空間を演出できれば良いなと思っていました。
会場となった大学のアートホールは、やはり「大学」の空間となってしまい
出演者とお客さんの距離はなかなか埋まらなかったのかもしれない。
けれど、普段は学生や教職員の方がほとんどを占める大学に、白金の方が集まってくださったことは、普段は見られない異空間を作りだせたと思うし、寄りあう場というが作りだせたのではないかなと思いました。
やはり明学までは、多少の距離があると思うし、来てくださることもなかなか大変であったと思いますが
こちらまで来ていただけたことは、こちらから行くだけではない、お互い行き来するという関係性への小さな第一歩になってくれたのではないかと期待したいです。


また、先週、こたねの映像を見ていて、改めてみなさんのこたねを聞いて思ったことは、
こたねに出てくる言葉が「発表者の言葉」なのか「対象者が放った言葉」なのか
そこを明確に表現する必要性と難しさです。
そこまで、難しく考える必要はないかもしれませんが
この両者が曖昧になってしまうと、聞いてくださる人に誤解を与えてしまうこともあるのではないのかなと思いました。
そのぐらい、私たちが放つ言葉にはそれぞれ重みがあることを、改めて考えることができました。

ボランティア学会中は、私はつねに「こたね」が頭の中にあり、コーディネーターとして動き出してからの2ヶ月間は、本当にこたねのことしか考えられませんでした。
終わった直後は、終わってしまったことがなんだか切なくて、反動が大きすぎて、何も動けませんでした。

でも、何か一つのことに一生懸命になって、汗も涙も流して・・・
ここがゴールのような気もするけれど、このこたねは、一つの通過点にすぎないのだと思います。

次に向けて、また一生懸命になって、汗も涙も流していきたいです。

「白金に学生の顔が見えるようになった」

聞き取り同行をしている際にいただいた言葉。
次お会いしたときにもそう言ってもらえるように、
そして、多くのひとから言っていただけるように
縁を切らさずに関係を作り上げていきたいと思います。

ななうみ
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by gowest2008 | 2010-07-13 01:16

こころのたねとして白金 感想 もりた

今回、自分が聞き取りをしたのは、前回のこたねで会場となった白金商店街の四の橋市場にある「鶏肉専門店 鳥彦」で働く方たち。


前回は、亭主のくによしさんを対象にこたねを行った。
そのなかで、見えてきた白金という町。

こたねがなかったら出会ってなかったような人と出会った。
くによしさんを通して、鳥彦や白金の人々の生活が見えてきた。かつては、自分のなかでイメージしていた「お洒落な町」の異なる側面を、お話を聞くだけでなく、実際にお店でお手伝いすることによって感じてきた。

大学を決める際の理由の一つにあった「お洒落な町のお洒落な学校。」

前回、「お洒落な町」だけではない白金を体感した。

鳥彦でお仕事をお手伝いしていると、さまざまなことに発見、驚きがある。

とても古いお店が白金にあるということ。
鶏肉のみを扱っているということ。
常連のお客さんが来て、おしゃべりすること。
近所の子どもが挨拶だけしにやってくること。

地元では、チェーンのスーパーでほとんど買い物を済ましていた経験から、ほんの些細なことに驚きがある。

鳥彦にいると、人と人とのつながりを感じられる。
もっと鳥彦のことを知ってもらいたいと思った。
そうして今回もこたねをやりたいと思った。


前回から今回のこたねの聞き取りには、はっきりした区切りはないと思う。前回で出会ってから、学校の帰りにちょっとお店に寄るようになった。行くと、唐揚げとかを御裾わけしてくれる。日常の他愛もないおしゃべりをする。

そのおしゃべりの延長として今回のこたねはあった。
正直なところ、改めてこたねをやるというのには少し抵抗があった。
やはり、おしゃべりを基調とする取材でも、取材は取材。ある程度、目的を見つけてそれに沿ったお話を聞くことにより、その方の発言に制限がかかってきてしまうのではないかと思っていたのだ。
でも、その一方で鳥彦を多くの人に知ってもらいたいという思いはあった。

また、改めてこたねをやりたいと言ったところ、「なぜ、そんなことをするのか?それをやることの意味がいまいちわからない。」と、くによしさんがおっしゃった。前回の、こたねで感じたことや思いを話し、引き続きこたねを行うことができた。

今回は、くによしさんと息子のこうじさんとお話をする機会が多く、生まれも育ちも白金のこうじさんのお話から町のことや鳥彦が想像される。

町が変化してきたなかで、親子のそれぞれの鳥彦に対する思いが印象的だった。

それぞれの思いが、合わさることもあれば合わさらないこともある。でも、それでも鳥彦は白金の町で動いている。一概に、「昔ながらがいい。」とは言えない。でも、そういう葛藤があるなかで人は生きていかないといけない。そういうことが、これから人が生きていくうえで大切なんじゃないかと思って、詩を作った。

市井のなかのいろいろな人を見ることは大切だ。けれど、一軒の鶏肉屋を見るだけでも考え方が違うなぁと思った。そういった、ひとりひとりを理解しようとするきっかけが、こたねなのかなぁと思った。

また、これまで時間がないなかでこたねをやってきて、その場でしか表現できない言葉を緊張しながら紡いできたことは確か。
しかし、今回はゆっくり時間をかけて詩を作ったからこそ、言葉を選ぶときの緊張感はあったのかとも思う。


言葉は時として武器にもなる。
一つの言葉をとってみても、傷つく人も喜ぶ人もいる。
けれど、傷つけると恐れ言葉を発しないことには何も始まらない。

一つ一つの言葉を丁寧に扱うこと。
そんなことを、こたねは教えてくれる気がする。

もりたゆうき
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by gowest2008 | 2010-07-07 16:56

こころのたねとして 白金


こんにちは、あずさです。

日本ボランティア学会で発表した、こころのたねとして白金。
今回は婦人会の役員の方や、役員の中でも若い60代のペンキ屋さんの奥様に
お話を聞かせてもらいました。


2月、四の橋市場を会場にこたねをやったあと、コーディネーターのりかさんを中心に
今回はどうするのか、みんながどう考えているのか、こたねとは何かを
議論しつつ、進めてきました。

私聞いてみたいなあと思っていたのが、「町になじむ」ということです。
いろんな人がいろんなバックグラウンドで集まっている白金。
新しく来た人を受け入れる柔軟性というか、懐が大きい、幅のある。そんな感じ。
受け入れる力の大きさもあるけど、でも、新しく来た人だって何にもしなかった訳じゃなくて、
何かしら動いていた。
そんなときに、婦人会の役割ってどうなんだろうなと思いました。
前回聞き取りをしたのは、元会長のおばあさんで、
設立当時から今までずうっとやってきた人でした。
だから今回は、新しく来た人、若い世代の方のお話を聞きたいなあと思っていました。

聞き取り初日。志田町倶楽部の方やりかさんにご協力いただいて
婦人会の役員会に潜入!
実は、58年続いた『港区 楓婦人会』は今年でお別れすることに。
すごいタイミングでお話を聞けたんですが、みなさんパワフル!!
じめじめした悲壮感というのは一切なくて、カラッと明るくて楽しい空気。
「私たちはこれまでやってきたんだから。もう大丈夫。」
使命は果たしたぞ、そんな感じ。

そこからまたペンキ屋さんの奥様、あみのさんにお話を聞きました。
「アッハッハ」と楽しそうに笑う姿が印象的な方で、話し方もしぐさも
しゃきしゃきしてるすごく素敵な方です。

ペンキ屋さんの話、町工場の町(実は押見さん家とご近所!)
婦人会のお話。
煮物作ってたら、里芋の皮のむき方を先輩から教えてもらったとか
古紙回収でリヤカーを引いてとか
いろんなお店で会員さんがいて、付き合いが長いとか


しりきれトンボになる団体が多い中、きちんとおわりってけじめをつけている。
潔さとか女性の強さとか、伝わってくる。


そして当日も婦人会の方で、会場に足を運んでくださいました。




今日、こたねを清書したものを渡してきました。
おいしいとんかつ定食をたべながら(今度みんなで行きましょう!)
またお話してきました。
解散ということで、お別れ会があるそうで、準備も楽しく進めてるとか
戦後を知っている先輩には、かなわないとか
生き生きと話している姿は、ほんとカラッとしていてかっこいい。
こたね当日も明学を探検されていたらしく「楽しかったわよ、ずいぶん迷ったけど。」と大笑い。
このお店の奥さまも婦人会の会員らしく、楽しそうにお話しされてました。

お嫁に来て、婦人会に入って、いままでずうっとやってきた。
聞き出せなかった苦労も、いろんな事もあったと思うけれども。
「何しろ楽しいからやってんのよね。」
その言葉がとても印象的でした。




去年の夏が終わってから、もうすぐ一年です。
フェスタや郡上八幡で女性の動きとか、生き方が気になって
地元と比べてみたりして
今回は白金で、また女性のお話を聞くことができました。
それぞれ違うところで、楽しみを見つけてはつらつと毎日を暮らしている。
窮屈な思いをしているのかな、女性だからこそ我慢していることが多いのかな
と思ったりもしたのですが。

濃い地縁の中で生きていても、戦後から都会の真ん中で生きていても、田んぼと豪雪とともに生きていても
自分たちで自分たちの生き方をつくっているというか。
楽しみをみつけたり、生み出したりしながら。
やれることを説得力を持ってやっている、そんな風に感じました。
もっと深く、また別の角度からも見られたらと思っています。

ただの一代記、自分史にするようなものじゃなくて、
その言葉や表情や、しぐさから浮かび上がってくるものがあるんだなあと、実感しました。
と言ってもまだまだですが。

長々書いてしまいました。
まとまりがないので申し訳ないですが。
こたねの反省会で、またぎろんができたらよいなあと思います。


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by gowest2008 | 2010-07-07 15:17

ボランティア学会を振り返って もりたゆうき

ボランティア学会感想

ボランティア学会に向けて準備段階から参加することは出来なかったが、当日スタッフやこたねのメンバーとして関わることで、いろいろな立場の人と出会う機会となった。
そのような出会う人の中には、再会する人も多く自分のなかの世界は広がり、つながっているのだと思うことが多かった。


ボランティア学会の初日はスタッフとして分科会4に。

分科会4は「生きることは表現すること―異族が出会う場―」というテーマで開催された。この分科会では、パネラーではなく表現者として、「チャランケ祭」主唱の金城吉春さん、「西東京アクターズスクール」主宰の風姫さん、文化人類学者/東京プライド代表の砂川秀樹さん、そしてコーディネーターとして明治学院大学国際平和研究所所長の竹尾茂樹さんらが檀上にあがった。
まず、各活動を映像やパフォーマンスを踏まえ紹介し、フロアの方も交えてダイアローグ・ディスカッションを実施。最後には会場全員で大きな輪をつくり、エイサーを踊って幕を閉じた。

 沖縄の問題、障害者問題、性的問題などのマイノリティの人たちが、社会の中で如何に表現しているのかを知り、それらの活動における意味や問題となっていることを学べた。また、現場で活動していくなかで見えてきたことを、語りやパフォーマンスから理解、感じることが多い会だなぁと思った。


最近、自分の身近なところに多くの問題が隠れていることに気付かされることが多く、それらの問題に対して、どう自分が取り組むのかを考えます。

例えば、自分の所属しているサークルにおいて、インドの児童労働問題を構造的に捉えた時に可視化してくる自分たちの消費行動と児童労働問題の関連。
過去の戦争として、日本が起こした戦争の戦後責任の問題。そこから関連してくる在日の問題。日本のなかでの「ないちゃー」と「うちなーんちゅ」と言われるような沖縄の問題。

一見、自分とは無関係な問題が自分とつながってくることはGO WESTをやってきて実感として分かってきたことだ。
去年、GO WESTが終わったときに先輩や先生が言っていた「自分の地元や身近なことに引き付けて考えることが大切。」というのが今となって徐々に府に落ちてくる。


しかし、どれもこれも考えていかないといけないことだと思っているが、そう欲張っていくと何が何だか分からなくなる時があり、物事を断定することに少々怖さを感じていた。

一つの言葉でも、人によっては様々な捉え方をし、喜んだり傷ついたりするのだ。


とにもかくにも、なんだか良く分からない事をそのままにしておくのではなくて、ずっと考えないといけないと思うし、それこそ声を上げていくことが大切なのだと思っていたし、こたねにも言えることなのだが、「言葉」というのは大切なんだと考えていた。

そんなことを考えているなか、今回の分科会4では「表現」ということに触れられる。

砂川さんの語った「障害者のなかにも性的問題を抱える人はいて、問題は複雑に絡み合う。」
風姫さんの語った「“私がここにいる。”と声を出すときの力、自尊心。」
金城さんの語った「みんなが出来る。みんなが一つになるエイサー。」
竹尾さんの語った「非日常ではなく、日常の問題として捉える。」

このような言葉が印象に残った。

表現することで、自尊心を保つことができたり、人とつながったり、ぶつかりあったりする。そうして、互いのことを理解しようとしていくことによって、社会をよりいい方向に持っていくのではないかと感じました。

表現することの怖さもあるけれど、その怖さを乗り越えなければいけないのかなぁと分科会を聞いていて思った。


また、分科会を通して表現者の方とお知り合いになってので、今後つながっていけたらなぁと思います。
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by gowest2008 | 2010-07-05 16:16

こころのたねとしてat白金高輪 

ボランティア学会2日目に行われた「こたね」の感想。


今回、白金でのこたねが2回目ということもあり
1回目より不安も焦りも感じることはなかった

1回目の時間がないなか寄り合って
たくさんのアドバイスを頼りに動いていたので団体戦
2回目は各々が自由に自分の隙間を使って
日常のなかで取り組んだので個人戦だったなあ、という感覚がある

どちらにも良さがあり、しんどさがある

じゅんさんは「追い込まれてみて、紡げる言葉がある」と言っていた
そういわれると、今回は確かに追い込まれていなかったかもしれない

でもかなたさんから「人との出会いに慣れとか不慣れとか、そんなものがあるのかな」
と言われたように、1つ1つの出会いから生まれるこたねは
それぞれの感動といろんな難しさを持っている


わたしの対象者の下村さんは
わたしのお父さんと同い年だった

それだけで照れてしまったわたしがいて
下村さんもそうだったのではないかと思う


前回(近藤さんの時)がインタビューぽくなりすぎたことと
下村さんとは仲良くさせていただいている(とわたしは思っている)ので
なんとなく、核心を突くことが出来なくて
言葉を選んで会話し、こたねをつくり 近い人になるほど、難しいなあと感じた


下村さんからお話してくださったことが多かった

大阪での学生時代
asksの約束
東京に住む同窓生の家に転がり込んだこと
住み込み、下働き
転々とアルバイトしていた日々


きっとその向こうに広がる、にょきにょきと高層ビルが林立し
成長していく東京

これらの人生の“かけら”から今の下村さんがいることを改めて思った



聞けなかったことがある
だから綺麗な物語になってしまったような気がする

聞くべきでなかったことも、たぶんある


今度、清書を届けにいく
お借りしたものと、なにかお土産を持って

それでまた、パトロールに参加する
髪を切りにゆく


こうして関係は続いていく関係のなかで
今の下村さんの一部である、記憶のかけらを集めてゆきたいなと思っている


ちひろ
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by gowest2008 | 2010-07-04 12:03

ボランティア学会を振り返って

ボランティア学会を振り返って

一日目の分科会では、本部の手伝いだったため、その合間を縫って分科会1の「共生・共棲するムラ」の話を聞きに行った。山口力男さんの話しか聞けなかったが、とても面白い話だった。力男さんの牛との関わり方(牛と心の会話をしている!)とか、阿蘇の広大な景色の映像とか、アフリカでの経験など。
あとは個人的に印象に残ったのは、純三さんがなんで農園に行くのか聞かれたときに「仕事では得られない感覚、新たな自分の発見があるから」といっていたのが印象に残った。自分は来年から社会人となるわけだが、いろんな側面を持った生活をしたいと思うし、仕事場だけでは得られないことを得る場を持っていたいと思った。。

夜は前日に引き続き魚らんレジデンスで泊まった。
一緒に泊まる予定だった森田と四の橋の近くの風呂屋に行くが、時間が遅かったので入れてくれなかった(森田が必死の粘りを見せたが)。なので目黒のマンガ喫茶まで行こうと言う事になり、夜の散歩を始める。そんななか、去年のGWのことを振り返る。自分がGWに関わり始めてからちょうど一年がたつんだと思った。いきなりグローバルフェスタに参加し、わけもわからずビッグイシューのブースに立っていたあの日から1年。自分の中では今までの人生の中で一番濃い一年だったし、とにかくがむしゃらにやってきた一年だった。今思うと去年の自分がなんて未熟だったんだろうと思うけど、来年の自分はどうなっているんだろうかとも想像する。
次の日はこたね発表をした。
今回の対象者はヒマラヤカレーで働くネパール人の方だった。聞き取り対象者を決める段階でもスムーズに行かなかった。りかちゃんをいろいろ振り回した挙句、はじめはタバコ屋のおばちゃんに、そして次は志田町倶楽部にも入っているカメラマンの方に断られて気分は落ちたが、そんな中で最後の頼みで行ったのがヒマラヤカレーだった。しかしそのヒマラヤカレーも、志田町倶楽部の仲介役の方とある程度話が付いているということで行ったにも関わらず、その人のことすら覚えていないし、さらに日本語も英語もあまりうまくないので、話が一向に進まなかった。
そうしているうちに他の学生から、聞き取りを行って、いろいろ興味深い話が聞けたとか、次はこれを聞きたいというメーリスが流れる。順調に行かない自分の聞き取りを不安にも思っていたが、逆にそういう難しいことの中にこそ自分がチャレンジしてみる価値があるんじゃないかとか、そういうコミュニケーションの難しさをこたねで表現するのも、出会いを大切にするこたねをやる中では意味があるものなんじゃないかと思った。
発表の3日前、リハーサルでこたねのメンバーが集まったとき、やっぱりこのメンバーと一緒にいると妙に落ち着くし、なんか面白いことが出来そうだとワクワクする。
一年間でほんとに濃い仲間を作ることが出来たなと思った。
リハが終わって森田とヒマラヤカレーに行く。2人で反省会をする。そのとき話したのは、今回のこたねは、みんなある程度慣れてうまくなっているが、釜ヶ崎や前回のような、追い込まれて、切羽詰って何とか時間のない中でつむぎ出した言葉を発表するという良さが足りないんじゃないかと思った。正直あまり緊張もしていなかったし、なんとなく物足りなさを感じていた。なので、自分はちょっと自分を追い込むというか、真剣にやらないと失敗してしまうかもしれない緊張感を持って望むために、あえて暗記して発表することにした。他の人の発表を聞いていると、出来るだけ文字を追っているような読み方よりも、伝えることに重点を置いている人のほうがいいなと思ったからだ。
ボランティア学会が終わって二日後に、ソウルの家のママから電話が来る。「声が聞きたくなった」といわれた。早く顔を見せて欲しいから、先生連れていらっしゃいといわれた。こたねを通して、こんなに関係が作れるとはって思った。ただ、こたねの発表に誘うのをすっかり忘れていたことに気づき、ちょっと後悔した。

先生の授業やイベントに関わっていると毎回刺激的な人と出会う。何が得られるか分からないけど、そういうのがあるから足しげく参加しているけど、今回の学会ではその刺激的な人が一斉に現れて頭の中がごちゃごちゃになっていた。力男さん、小松先生、山梨さんなど、なんかちょっとふざけているときもあれば、気がついたらものすごい真剣な話をしているというそのギャップが大きい人が多かったように思った。

以前、「自治を行っている人にしかない雰囲気」という話を先生がしていたことがあったが、まさにそれを感じずにはいられない二日間だった。自分の考えや信念で動いて、世の中に新たなモノをを生み出している人たちと出会い、その人たちからよくわからないけどとにかく刺激を受け、何かしなくちゃと思えたことが一番の収穫だった。
到底自分の考えが及ばないことは分かっているけど、こんなスケールの大きい生き方をするには何をすればいいんだろうと考える。そしてこういう人たちの見てる世界はどんなものなのかなと思う。とにかくいろんなことを勉強したいし、残りの大学生活ももがき続けようと思う。

純一
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by gowest2008 | 2010-07-02 18:38

日本ボランティア学会2010 白金

こんにちは

みかなです。

遅くなってしまいましたが、ボランティア学会の感想を書きたいと思います。
私は何度かcafe連にも参加をさせていただいたりしていたので、今回の実行委員の
方々の中で面識のある方もいらっしゃいました。

一日目の分科会で、私は、第三分科会「生きる拠り所としての居場所 つながりを回復する拠点」に参加させていただきました。会場であった青松寺は御成門にあるお寺で、曹洞宗のお寺なのですが、広くいろんな人にお寺を使ってもらえるようにということで、お寺の中にホールがあり、その貝塚ホールというところで分科会が行われました。
語り手である河田珪子さんは新潟県新潟市で常設型地域の茶の間「うちの実家」を、宇鉄昭子さんはNPO法人自立生活サポートセンター「もやい」をやっていらっしゃる方でした。

お二人ともに共通していることは社会的にマイノリティーである人のための支援であるのだけれども、始まりは「自分の居場所づくり」であったということです。自分が病気になった時に支えてほしいとか、いろいろな経験をしていきついた先が今の居場所だったりとか、自分が心地いいとか、ここにいたいと思える場所だからこそ、ほかの人にとっても「居場所」になりえるのだと思いました。お二人がご自分のバックグラウンドも含めてお話ししてくださったことで、説得力があり、お二人の居場所に私もお邪魔してみたいと思いました。

私は分科会で自分の「居場所」についても考えさせられたのですが、私がこの分科会を通じて考えた「居場所」とは、安心する場所で、なぜ、安心するのかといったらそこに仲間がいるからだろうと思って、自分が仲間だと思っている人から必要とされている感覚があると、そこに居場所ができるのではないかと思いました。

そういう意味で言うと、うちの実家やもやいのように場所はないけれど、私にとって、gowestが居場所になっているのだなぁと思えました。だから、今回みんなでひさしぶりに結集してやれた「こたね」はすごく緊張しながらも楽しめて、いいものが作り上げられたのではと思いました。

分科会については以上です。
こたねもまた。。。
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by gowest2008 | 2010-07-02 13:17


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