Go Westな日々


GoWest2008農とアートと贈与の旅から始まった私たちのGoWestな日々をつづる
by gowest2008

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路上から生まれたアート @浦和大学 2010.1.16



自分の中の人間がいなくなった。
空っぽで中身のない器。
器が硬いから中身が見えないのかもしれない。
人間は結局猿だ。
本当に伝えたいことは言葉では伝わらない。




上記のことばは、今日、浦和大学で行われた“福祉文化フェスティバル~路上から生まれたアート~”の第一部で、新宿で活動をしている「ソケリッサ!」というホームレスの方やホームレス経験者の踊りを主体とした肉体表現のパフォーマンスを行う団体の公演の中の一部分である。
ソケリッサ!HP→http://sokerissa.net/


上記にのことばは、

人間は猿から進化したと言われてるけど、新人類が誕生したときは、何かを伝えるときはジェスチャーでやっていただろう

…というようなことばから始まった。



おじさんたちの表現になぜか見ているこっちもひき込まれる。
思わず、足でリズムを刻む。
一緒に体感する。



ふりつけはおじさんたちのオリジナル。
先生からことばがそれぞれに与えられ、それを自分自身、肉体で表現していく。
人によってそのことばのインスピレーションが違うから、個個の内側から表現が出る。


パフォーマンスはとても幻想的だった。


メンバーの一人で、明学で講演もしてくださった越沢さんがインタビューで、
「ダンスを通じて自分を表現して前へ進みたい。」
とおっしゃっていたのが印象的だった。


後で、このフェスティバルの企画者の方もコメントしていたけど、
「おじさんたちのパフォーマンスを観て、おじさんたち自身も生きるエネルギーになるし、
観ている私たちも生きるエネルギーをもらえる。」
と、そのとき感じた。




第二部は、釜ヶ崎で活動をしている「むすび」の方々の演目があった。
「むすび」は平均年齢が70歳以上で、元野宿経験者の方や生活保護受給者の方々が、紙芝居劇という独自の表現方法を用いて公演会を開いている団体である。
むすびブログ→http://musubiproj.exblog.jp/



「むすび」の方々には昨年の夏にGoWestでお世話になって以来だったが、お変わりなくお元気そうであった。



今回の演目は、「むすび」がロンドン公演を果たしたときと同じ、「ブンちゃんの冥土めぐり」であった。
初めて紙芝居劇を観させていただいたのだが、おじさんたちのマイペースさに心があったまった。



セリフがとんでも、「ここだよ。」とやさしく教えてあげるおじさん。



ロンドン公演の時の話になって、

イギリスの女性と話をしたけど、向こうも日本語わからんし、こっちも英語がわからんで、わからんもの同士だけど、何かを伝えようとしあって楽しかった。

というエピソードがおじさんたちのすごさというか、ことばがわからなくても、
通じるものがあること、だから表現力の大事さというものが伝わった。






人生いろいろあるけれど、人と寄り集まって、希望を見出せる、なんとか乗り越え合う。
そんなことを垣間見せてくれた時間だった。





しずか
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by gowest2008 | 2010-01-17 01:18

釜ヶ崎越冬闘争 1月1日~3日

1月1日~3日まで釜ヶ崎を訪れてきました。今回は釜ヶ崎越冬闘争のお手伝いのため、カマメに居座せてもらいながら、ココルームのお手伝いもこなす多忙なスケジュールでした。

初日は新幹線が名古屋~京都間で降雪の影響もあり、21時半にココルームに到着。もう既にコースケ、先生、こまどり社、マイさん、かなよさんが百人一首で盛り上がっていた。輪の中に入るのに時間はかからなかった。だがコースケが思いの外、釜ヶ崎に溶け込んでいるのには驚いた。自分も今回の訪問で二回目になるので、不安な気持ちは持っていなかった。その晩はマイさんとかなよさんを除く4人で難波屋で飲み語り。久しぶりに来る西成は夏の情景とは違い、人がほとんどいないほどの冷え込みだった。

2日はフルで越冬闘争のお手伝い。朝6時にカマメに集合して、先生と三角公園へ。三角公園に入ると、まだ人も少なかったためか野犬に吠えられた。その時、自分はここの人間ではないと思いしらされた。あの場で生きる犬も並大抵の生活を送っている訳ではないし、むしろおっちゃんと同等の地位があるように思う。
徐々にボランティアの人が多くなって来始め、少しずつお手伝いをする。炊き出し(おもち、ぞうに、ぜんざい)の準備はお昼頃までかかる。にんじん、大根の皮むきをしてイチョウ切りにする。大根は大根おろしにするが、とても冷たく感じて思うように進まない。にんじんも切るのに時間が掛かり、他の人に迷惑を掛けてしまった。その日は越冬まつりで餅つきの日だったため、ボランティアの人、おっちゃん達みんなで参加。できたお餅をその場で食べた。自分はおっちゃん一人一人に配られたお餅にきな粉、大根おろし、砂糖正油の味付けの誘導係をする。先生も一緒に。一列に並んでいるおっちゃん達はお餅を食べれて嬉しそうに笑顔になったり、「おおきに。」とお礼を言ってくれる。食べたい放題のため、何回も並ぶおっちゃんばかりで少しばかり顔を覚えられた。人柄などは悪くないのに、なんだかこの現実が痛ましく感じてしまった。

その後、マイさんが来て書き初めをし始める。釜ヶ崎で暮らすおっちゃんは色々と思ってることもあるようだし、とんちの効いた事も書いていて面白い。越冬期間であることを忘れてしまいそうだった。
片付けてココルームに戻り、昼食をとる。昼食後スワさんも現れて和やかになる。
夕方少し休憩した後、井上のぼるさん率いるかま凹バンドを見るため三角公園へ移動。演奏は上手いというより熱い気持ちのこもったものだった。印象的なのが演奏後にやった両手を広げるガッツポーズ、それが一番何かを訴えかけているように見えた。後ろでは夕食の炊き出しに並ぶ列でひしめいているが、ステージ前で体を動かしたり、手拍子をしたりする人のほうが強い人の感じがした。井上さんは夏に会ったときは酒浸りの人だったが、今ではしっかり芯が通っている生活を送っているみたいで、見ているだけで変化がわかるほどだった。生活保護を受けながらも炊き出しに並ぶ人は一概には言えないけれど、ギャンブルやお酒にお金を使う人も多いと思うが、一向に社会復帰が遠のいてしまっていると思わざるをえない。井上さんのようにステージ上まで出て何かしらのアクションを起こせる人は稀だが、釜ヶ崎ではそういった自分自身の努力も少なからず必要だと感じる。ただ、そう上手く事が行かないのも釜ヶ崎だと思う。
夜の炊き出しは昼間よりも多くの人がいて、600~800人くらいはいたと思われる。その周りには何ヶ所にもある焚き火を囲む人で溢れていた。
ココルームでお手伝い後、夕食をとってから夜の医療パトロールに参加した。夜は一段と寒さが厳しく、自分にとってもきつい状況ながら路上で野宿をしている人に毛布やホッカイロなどの手渡しをした。集合場所が医療センター前だがその場にはもう40名ほどの野宿者が掛け布団と毛布をかけて風をしのぐように塊りながら寝ていた。パトロールの前にいくつかの注意点を確認するが、特に呼吸が荒い人は危ない兆候があるので気を付けて下さいと念を押された。歩いていて路上で寝ている人を見つけると腰を低くして丁寧に接した。無反応でもそっと毛布をかぶせておく。ホッカイロと越冬新聞も添えておく。そういった小さな事でもやらないと越冬はしのげないのだろう。寝ている人に限らず、寝る準備をする人、寝ずに歩いている人にも声掛けをする。しかしそれでも、野宿者と薬物などの売人の見分けがつかないことがあった。声をかけてあからさまな嘘をついているのもわかるのだが、ほおっておけずに毛布とホッカイロを手渡す。しょうがないと思いつつも、本当に必要としている人にあげたい気持ちが募った。1月2日は総勢185人の野宿者がいた。「仲間内から一人の餓死・凍死者も出さない!」の立て看板が目に焼き付いていて、パトロール体験を通して死が現実的で自分にも近いものとして位置づけられた。現にパトロール中にアル中の人を見かけて、その人の先行きが不安に思う。
カマメに帰るともう23時半になっていて、身支度をして床に就いた。

3日は少しゆっくり朝起きて、先生とこまどり社が朝方帰ってしまったので一人で三角公園の昼の炊き出し(木の葉丼)の手伝いに参加した。大きなお鍋に何百人もの量の食べ物が出来ていた。炊き出し時間の近くになると、自然とおっちゃん達は長い行列を作り始める。試食という名目で一杯100円のカンパで食べさせてもらう。寒い気温には身に染みるほど暖かかった。釜ヶ崎に来てからうまい飯をたくさん食べている気がする。それは味が美味しいだけでなく、気持ちがこもっている料理。自分が当り前のように食べるものはどこかで当り前ではなくなれば気づくのだろう。
仕事を皿洗いに分担されて、丼に使われたプラスチックの器を洗剤で洗う部分をした。でもその前に自主性をとらせるためか、おっちゃん自身に洗剤で水洗いをしてからこちらに渡すことになっている。だから自分の所に来る前に既にきれいにされてしまっているのだ。それに手渡しで渡してくれる際に「ありがとうございます。」と言うと「おおきに。」としっかり返事をしてくれるので、自分としてのやりがいの部分も感じれた。
その後、ココルームに戻って昼食をとって、すぐに実家に出発した。

以上が今回経験した越冬である。越冬は12月28日から1月9日まで続き、自分が参加したのはほんの一部分である。今これを書いている時も釜ヶ崎では野宿者が冬を乗り切ることに尽くしているし、現地では毎日ボランティアの人が朝から夜まで活動をしている。どちらにとっても過酷な生活を送っているに違いはないのだ。だが、自分が言いたいことは世間一般のお正月は特別な期間であるけれど、釜ヶ崎にとっても一番大事な時期に他ならないし、命がけで毎日を生きている人もいることを少しでも感じてほしい。


みす
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by gowest2008 | 2010-01-04 00:51


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