Go Westな日々


GoWest2008農とアートと贈与の旅から始まった私たちのGoWestな日々をつづる
by gowest2008

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12月21日gowest 郡上八幡報告会

12月21日にGOWESTの郡上八幡報告会があった。

今回は郡上からリカルドさんが来てくださるということで、
第一部はGOWESTメンバーによる報告会

第二部はリカルドさんの講演

という形になった。集まったのは主にボラ特101の学生とタツヤさんやリカルドさんの友人のカズキさんなど。

私は報告会の郡上八幡担当ということもあり、同じく郡上八幡の担当になっている
梓と、合宿までしてこの報告会の準備を行いました。

郡上八幡を伝える上で大切にしたかったのは
・事実がはっきりしている部分はしっかりと事実を伝える
・でもあくまで私たちが感じた郡上八幡であることを伝える
ということでした。

伝えたかったのは
・本町の商店街の人たちのコミュニティーの強さとその重要性
・現代の社会では消えてしまいがちな個人個人の役割が確立していて、それがまちの活力になっている点
・郡上おどりを中心にした郡上八幡のまちづくり

でした。とくに2番目の部分は自分たちの「バイト」という雇用形態に絡めて、
「私たちがしているバイトはもしかしたら自分ではなくても成立するのではと思ってしまうことがよくあるけれど、本町の人たちは、それぞれが多様な役割を持っていて、その一つ一つがその人でなければ成立しないという特徴がある。それが郡上八幡の魅力でもある。」
という表現をしました。

リアクションペーパーを後で見返したとき、そのことが印象的だったと書いてくれてる人が多く、みんなが普段の生活で交換可能な生活を感じているのかも知れないと私は思った。

普段は交換可能な生活を営んでいて、そしてGOWESTで郡上八幡に行くと、本町の人たちやリカルドさんたちの生き方がすごくかっこよく、羨ましく思えるのかも知れない。私自身もそういった部分からも郡上八幡に魅力を感じ、来年インターンシップをやりたいと思うようになった。

人に伝えるということは自分の頭の中を整理することに繫がるし、新たな自分の方向性を見出すことにつながっていくと思う。そういった意味でも今回の報告会はいい機会になった。


またリカルドさんのお話もとても興味深かった。自分の地元を離れたとき、地元の話をすると自分よりも興味を持ってくれる人がいて、地元を見かえすきっかけになるという話はすごく自分とも重なった。
聞いていて思ったのは、「好きなことだからいつまでも続けられる」ということだ。きっと面倒くさいことも大変なこともたくさんある。でも大前提として踊りや歌舞伎や農業が大好きだから、続けられるということがいえるのだと思った。そういう意味で言うと私はまだまだやりたいことがグラグラしていてはっきりとはしていないなあと思うし、早く見つけたいとも思う。

これから冬休み、春休みが来て3年生になる。GOWESTメンバーの一人として、社会の一員として、長野県民として、どんなことができるのか楽しみになってきた。


みかな
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by gowest2008 | 2009-12-28 10:06

みかん山、2回目の収穫祭

12月19、20日に山梨みかんトラストファームの収穫祭に参加。去年に続いて2回目。

今年は去年とは違い、表年ということでたくさんのみかんがとれた。

GOWESTの木はまだ実がならないので、他のオーナーさんたちのみかんを収穫した。

4回目の訪問なので、山小屋での動きも頭に入り、テキパキ動く。寒さをこらえながら就寝し、朝起きてからも相変わらずの山小屋タイム。ゆっくり朝ごはんを食べてから、みかんの収穫をして、お茶畑の上まで上がってみんなで収穫祭。

去年と同じように歌を聴き、去年と同じように集合写真を撮る。最初の収穫祭から20年くらい、毎年参加しているというご夫婦に、農園から持っていった野菜を「おいしい」とほめていただいた。

毎年参加していると、小さかった子どもが大きくなっていく姿を見られる、そういうのは、自分の子どもでなくても、ほほえましいとのこと。家族という枠を超えて、いろんな人に成長を見守ってもらえることは幸せなことだと思う。毎年変わらない収穫祭の中に、確実に変化していく成長だったり、老いだったり、いろんなものがあるのだと思う。最後に、「また来年会いましょう」という言葉をいただいた。また、行きたい。

今回も山小屋は居心地がよかった。
その居心地のよさを味わいつつ、あの場所をつくるしんどさなどもまだまだ感じられるようにしていきたい。
まだまだこれからもここに来るんだろうなと感じた2日間だった。



かなた

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たんすに入って甘くなるのを待つ青島みかん
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by gowest2008 | 2009-12-27 03:06

郡上八幡 報告会

明治学院大学教養教育センター2009年度開講科目「ボランティア実習101」
GO WEST2009 自治なるものをむすぶ旅

郡上八幡報告会

日時:12月21日 月曜日 横浜4・5限15:05~
場所:明治学院大学 4号館422教室

「ぐじょうはちまん でてゆくときは あめもふらぬに そでしぼる」

歌い手の声が、太鼓と三味線の音が、下駄の音が、響く夏の夜
身体で感じた郡上踊りの一体感
それは健常者と障害者、地元民と観光客、若者と高齢者、壁を越えて生まれる
私たちが感じた郡上八幡を語る
実際に現場に触れさせてもらった中で感じ取ったものとは
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今回特別に河合研さんをお招きし、踊りの実演をしていただきます。
戸塚に下駄の音が響きます。

<第一部 報告会> 4限 15:05~16:35 郡上八幡のひとかけらを感じる
GOWESTメンバーが体感した郡上八幡を、言葉にして紡ぐ、つなげる試み
<第二部 講演会> 5限 16:45~18:15
郡上八幡花農家で、郡上踊りや高雄歌舞伎で活躍する河合研さんの講演会
【コーディネーター】猪瀬浩平
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by gowest2008 | 2009-12-21 01:40

新宿のまちを歩いて


今日は用事があって、新宿のまちを歩いた。はじめて通り過ぎた、新宿ゴールデン街。ごちゃごちゃとしたお店や、重なるようにしてある看板。いかがわしい感じの神社。

なんだかおもしろそう。行ってみたいなと思う。

帰り道は、友人と一緒にそこを通り過ぎたが、友人はなんか変な場所と言っていた。これが大多数の若者の意見なのかも。わたしだって、2年前だったらきっと同じことを思っていた。

街というのは、キレイで整っていて、電気がきちんとついていて、お店の人はみんな信じられないくらい笑顔で親切で、道は舗装されていて。でも実は街をよく見ると、もっとごちゃごちゃしていて、背筋が伸びるようなちょっとスリルを感じるような、そんなごちゃごちゃだけどエネルギッシュな部分がある、もしくはあった。そういう街の深部を、gowestに関わるまでまったくというほど知らなかった。教えられなかったし、身近になかった。そういう若者がほとんどで、街の深部を知らないのはとてももったいないし、つまらないと思う。

おもしろそうとか、行ってみたいと思うわたしの感覚を、まわりの人に伝えていくべきなのか、そんなことは自分で足を踏み入れろよと言うべきなのか、よくわからないけれど、とりあえずそう思えるようにわたしがなったことは間違いない。

gowestで得た感覚がわたしの一部になって、違うまちともつながっていく、といいなと思う



かなた
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by gowest2008 | 2009-12-13 23:22

アートミーツケア学会2日目

午前中は、一般の方のプレゼンテーションがいくつも行われる。アウトサイダーアートの捉え方、表現教育の効果を客観的に見る手法、身体のコミュニケーションなどが発表された。午後は、三田の家などでワークショップを行う、障害者とともに音楽を作ろうという「うたの住む家」の朗読発表会。自分がレポーターとして行った12月5日の分科会の報告会。最後に鷲田清一さんと熊倉敬恥「生活のなかのアート、アートのなかの生活」というテーマの講演会が行われた。
分科会の報告会では、自分の報告前にりょうすけさんの報告会が行われた。分科会の内容と整理できていない彼の感想が入り混じる。緊張していることが手の振るえから伝わってきた。しかし、それが終えたときは会場が拍手喝采となった。頭のなかで整理して、整理できて話すことはとても他者に伝えやすい。しかし、まとまっていないことをそのままの良くわからないことも話すことは、そのまとまりのなさも伝えることになる。GO WESTではこのことについてよく考えるのであるが、今回改めて考えさせられた。それとともに伝えることの難しさを知った。
鷲田さんと熊倉さんのトークのなかでは、アートというものが特権階級だけのものではなく生活のなかにあるものだということについて触れられていた。それが「生活にアートを取り戻す」ことかもしれないし「アートに生活を取り戻す」ことかもしれない。GOWESTで「こころのたねとして」をやったり、郡上踊りをしながら地域の人の文化に触れてきたことで、アートと生活について言葉のみの理解だけではなかった。また「奇妙な人が奇妙な作品を作るではなく、普通の人が日常の中で、日常をふっとジャンプする瞬間、その瞬間の可能性にかける」ということが、分科会の上野魚屋マシューさん言っていることと繋がった。
普段自分たちが生活する中で、自分たちの選択で決めることのできないことがあり、専門的なことについては専門家に任せるという状況がある。そのなかで、専門家の言うことについて「専門家が言うことは正しい」という状況が生まれている気がする。それは自分では気付かないことも含まれる。だから、専門家でない人が専門的知識を知ることで、自分の選択することが増えていく。流されないようにしていく。素人の乱のDVDを見てみると、自分の生活に関わることに対して、選択できない領域を発見しそれに対して運動を行う。生活のなかにある流れていってしまうものの流れを変えたり留めたり、棹をさすことが大切なのだと思った。
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by gowest2008 | 2009-12-10 14:56

art meets care

アート見つけやぁ

今回の学会はスタッフとして参加し、慶応の学生や教員、たんぽぽの家の方を始め様々な活動をする人と触れ合う機会が多かった。


三田の家で分科会の準備をする。もうこまどり社の獅子舞を初めて見てから一年が経ち、今は他愛ない会話をするようになる。こまどり社とは一方的に彼の表現や思想を享受してきて、自分のことは何も伝えてられていないのだけれど、一年前の獅子舞を見たときより親近感が湧く。


石内都さんの基調講演。普段、自分たちが生活しているなかで見えてこない、無視している、忘れている、ことやもの。ふっとした瞬間に思うことをキャッチしている。
春に旅をして、旅の直後は生活のなかで「傷」が見えてきた。石内都さんは、出会った「傷」とうまく付き合っているのだと感じます。
モンゴル800の「少しずつ何かを忘れてゆくんだろ、現の夢との間で」歌詞を想う。


分科会では、地域と大学の関わりのなかで成り立つ三田の家で行われた。古風な家の居間で、40人程が身を寄せ合い車座になって座る。
突拍子のない、野次のような言葉が飛んできたりしていて、ココルームのような場に近い。

こまどり社のパフォーマンスはいつも以上に勢いがあった。

マシューさんも実演販売しながら、店での他者とのコミュニケーションの奥深さを語る。初めて自分がアメ横に行ったときは、閉店セールとうたって売っているものを信用してアクセサリーを購入したことがあり、そして月日が経ち再びそこの店の前を通ると、未だに閉店セールをやっていた。このことからアメ横に対しては胡散臭いというイメージを抱くようになった。今回の話を聞いていくなかでアメ横という場では産地も表示してあるものが信用できるものではないという前提の上で成り立っている商売であり、安全・安心を追求する市場の商売とは少し違うように感じた。どちらが良いか悪いかは計りかねるが、路上と店の間でのやり取りというものに実はおもしろい要素があり、確かにアメ横に行き、耳をそばだてていると笑ってしまうことが多い。

原田さんの報告では、深刻な問題を孕む釜ヶ崎についてとそこでの活動についてであった。自分たちの釜ヶ崎報告でも意識したことで、ただ釜ヶ崎が怖いところと思われないようにするということがあった。パワーポイントで見る写真や原田さんの言葉を通して思う、カマメに来る人々の日常のやりとりを垣間見るだけで微笑が出てきた。

三田の家の庭にびしょぬれになったこまどり社の布が垂れ下がり、意味のないことをやることはけっこうおもしろい。
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by gowest2008 | 2009-12-10 12:35

12/4GW 釜ヶ崎報告会@善了寺

こんにちは★

みかなです。


12/4の夜、釜ヶ崎の報告会を善了寺で行いました。
GWメンバー、カフェデラテラの方、横浜ボラセンの方、地域の方、ボラ特の一年生、マイさん
などなどいろんな人が善了寺という、
郡上でも、釜ヶ崎でもなく、どことなく非日常な空間に集まりました。
それはある意味GW的な空間だったのだと思います。

みんながそわそわ、ドキドキしているのはお寺の空間に広がり、みんなで円陣を組み、
住職の法要から私たちの報告会がスタートしました。

純一さんのこたね。

釜ヶ崎でやったものとはまた違っていて、こたねは同じものはできないのだなぁと改めて感じさせるものであったと思います。

それから森ちゃんのMCでみんながGWやココルームの紹介をしていく(このときは一年生を駅まで迎えに行っていたので聞けず)

私や梓は自分の地元や自分の生活と釜ヶ崎という場所が遠くないということを伝えました。

森ちゃんが言った「これがあくまで僕たちが感じた釜ヶ崎であり、釜ヶ崎を感じるのは足を運ぶことが一番大切。」というのが私の思いでもありました。今回報告会をやったことで、一人一人が感じた釜ヶ崎をGWメンバー内で共有できたという部分もあったと思う。私がボラセンで以前報告会をやったとき、先生に突っこみを入れられた。(森田のブログを参照)私は一人ではどうやって釜ヶ崎を表現すればいいのかわからなかったし、いろいろな迷いがありました。でも今回その迷いに真剣にみんなでぶつかっていったことで、いろんな人の心に響き、語りかけるものになったのだと思います。

月曜日に横浜のボラセンに行った際、すごくよかったよとほめていただきました。ボラセンの方の知り合いがあいりん地区のシェルターで働いているのだそうです。その方の話と、今回の報告会で釜ヶ崎がつながり、近く感じ、いろいろと考えさせられたとおっしゃっていました。


私たちが、東京や横浜にいてできることは、このように伝えていくこともその一つだと思います。言葉にするのは難しいけれど、そこで止まってはいけない。表現し続けることの大切さを今回実感したような気がします。

そして郡上の報告会が12/21@横浜校舎であります。
今回の釜ヶ崎の報告会に負けたくないと強く思いました。私たちなりの郡上をGW的な空間で表現しなければなぁと思っています。ぜひ足を運んでください。
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by gowest2008 | 2009-12-09 06:48

12.5 アート見つけやぁ学会@三田の家


この日は朝早く集合して、台車に荷物を積んで運ぶ。慶応のキャンパスまでの道のりが結構大変で、斜めになったり、荷物が落ちたり、「道って平じゃないんだね」と言い合いながら1日のスタート。
目の見えない方には必要な点字ブロックが荷物を運ぶ時には大変な障害になる。車いすの人はどうなんだろうか?と考えたりする。

メイン会場のセッティングをして、分科会の会場の一つである三田の家の準備をする。ほんとにひとつの民家だけど、あそこにいろんな人が集まる日常を考えるだけでわくわくした。
準備をしながらこまどり社さんと先生の常識を越えた感じに口をあんぐりとあけたスタッフの方と一緒に作業。慣れてしまったものだと感じた。いつの間にこちら側にきたのだろうとも思った。でもこちら側のほうが断然楽しい。

セッティングが終わったら、メイン会場で基調講演スタート。石内都さんが語る。一番印象に残っていることは、傷痕を撮った写真について聞かれ、撮られた人のことはあまり興味がない、あなたもわたしも見えたり見えなかったりする傷を持ってるというのがメッセージ という発言。えっ!?興味ないの?と思ったけど、それでも撮られる側の人はカメラの前に立つことで、きっと何かを乗り越えているはず。ケアしよう!と思ってケアできるものでもなく、アートというかたちでそんな気はなくてもケアしているのかもしれない。

基調講演が終わり、分科会へ。
こまどり社さん、魚屋のマシューさん、ハラダさんの順で語られていく。

どれも境界がキーワードだったように思う。境界のはざまですきま産業をするこまどり社さん、売り子として他者を相手に一瞬だけ境界を越えるマシューさん、境界を越えて釜ヶ崎に通うハラダさん

境界だからこそ苦しいけれど、境界だからこそ可能性があっておもしろい

境界に穴をあけることで風通しを良くする

画一化された関係性、サービスはつまらない

いろんな関係性があってこそ、ひとつひとつの関係性におもしろみがでてくる


そのいろんな関係性をそれぞれの地で目の当たりにするのがgowestなのだと思う。

その上でいかに自分が境界に立てるのか


ハラダさんも言っていたけれど、こんな生き方をしている先輩が身近にいることを幸せに思う




かなた


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by gowest2008 | 2009-12-08 02:32

12.4 café de la Tera sobre Kamagasaki


善了寺にて、
住職からの「誰がうまくできたとか、誰がうまくできなかったとかではなく、今日この日が平和であることを感じながら過ごしましょう」という言葉から始まり、ろうそくの灯りで純さんがこたねを始める。


純さんやしずか、みすのこたねを聞いたハラダさんが、「8月に釜ヶ崎で読んだときとは違って、ひとつひとつのことをもう一度捉えなおしていて、所作や身体性が違う」と言っていた。

少し時間が経ってから、自分が発した言葉をもう一度自分にとりこんでいくことの重要性を感じる。ただ発するだけではなく、それをもう一度とりこむ。それがとりこむには恥ずかしいくらい無知なものでも、今の自分とはまったく違うものでも。

過去の自分と今の自分とをつなげることから自分の中のあらゆる考えをつなげることに発展させていく。必要なんだけどなかなか難しい。


第一部が終了し休憩に入り、「おつかれ」という言葉を交わした後、みんな動き出しお手伝いや会場に来ているお客さんと話し始めるgowestメンバー。みんなで約束していたわけでもないけれど、その場にいる人をどんどんまきこんでいく。

そういうメンバーのことをちょっとだけ誇らしく思いつつ、固まって話をしている1年生を見ながらわたしも2年前はこうだったんだろうな、いやそんなことないかも、と思う。


gowestが連なっていく。今年のgowestは去年より明らかに発展していた。でも、そのぶん苦い想いはあまりしなかった、わたしだけかな。去年のgowestで釜ヶ崎で手に汗握って、逃げ出したいと思いながらも、未熟な自分たちをぶつけたときの、あの苦さがあったから今があると思う。そして、何にも見えなかったけどどうしようもないドキドキわくわく感があって、苦い思いもしたけれど、心の奥の方があったまるようなこともあって、去年の夏を振り返ってレポートを書いたとき、なぜだか一人でボロボロと泣いたのを今でも覚えている。1年前のちょうど今頃にキャンパスの中にテントを張ったgowest展を開催したからか、1年前のことを最近よく考える。


今回の報告会で、釜ヶ崎について、それ以外の自分には関係のないと思っているもの、大して知りもしないのにものすごいマイナスイメージを持っているもの、について少しでも考えたり、触れてみたりするきっかけになれればうれしい。この報告会で自分たち自身も考えていることを整理することができた。もちろん、それでおわりではないけれど。

釜ヶ崎の外だからこそ見える、釜ヶ崎のごちゃまぜ感の面白さやしんどさ

釜ヶ崎の内だからこそ見える、釜ヶ崎のごちゃまぜ感のぶつかりあい、不安、手に汗にぎる感じ

それが伝えられただろうか



遠くても釜ヶ崎を自分たちとつなげることで、思い続けること

釜ヶ崎を思い続けることで、つなげること

をしていきたい

「釜ヶ崎のおっちゃんは」なんて、ひとくくりにはできない

わたしたちが会ったひとりひとりの顔を持ったおっちゃんたち

から感じたことを、ひとりひとりの顔を持ったわたしたちが、ひとりひとりへ伝えていく

わたしたちなりのメディアを通してそれが伝えられるように

これからも発してはとりこみ を繰り返していかないと




かなた
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by gowest2008 | 2009-12-08 01:35

自分たちの感じた釜ヶ崎

12月4日(金)

釜ヶ崎報告会

 自分たちの感じた釜ヶ崎ということで、いかに釜ヶ崎を伝えることができるか。今回、勝手にコーディネーターの役を請け負うかたちで、報告会の流れや担当を決めさせてもらった。今回流れを考えるうえで意識したことは、猪瀬先生の言う「GW的空間」であることだ。このことは、美奏が白金ボランティアセンターで報告会を行ったことで意識できたものである。そして、他者に伝えることを考え、発表する順番が入れ替わったりするなかで、純一さんの「こころのたねとして」がインパクトのために最初に来たりした。
報告会を行う前から分かっていたことであるが、自分の話す説明より、GWメンバーそれぞれ感じることを話しているほうが、おもしろかった。写真の入ることのできない釜ヶ崎。住民登録されている人が多くないため、調査において明確な数値が出てくることが難しい釜ヶ崎。釜ヶ崎は語るなかで他者に伝えることが有効なのだと思う。
 本番ではMCを行う。話をどのように振るのかまとまらずに挑む。カンペに目が行くと気持ちが伝わらないと感じた。話をうまく紡いでいくことも実践するととても難しい。しかし、なんとか話を振るとしっかり答えが返ってくる。なんとか自分の感じたことに繋いでくれる。住職が、とても分かりやすい反応をしてくれる。ビデオカメラがキョロキョロと動く。段ボールが当たりに散らばっている。善了寺という地域に開かれた場によって、学生も商店街の美容師も、デイケアの人も居る。学生以外の人は圧倒的に少なかったが、カマメで行われたこたねのような緊張感は存在した。善了寺は大学や地域との連携が強く、ココルームのような場と似ているためなのかもしれない。
 今回、伝えることの難しさを痛感したが、「やってやった」という気持ちが強い。
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by gowest2008 | 2009-12-08 00:29


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