Go Westな日々


GoWest2008農とアートと贈与の旅から始まった私たちのGoWestな日々をつづる
by gowest2008

カテゴリ:未分類( 203 )

郡上おどり@戸塚~善了寺~

戸塚まつりお疲れ様でした。ゆりえです。

今回の戸塚まつりで、私が郡上おどりと出会ってから、ちょうど一年が過ぎた。
去年は正直、リカルドさんたちが毎年戸塚に来てくださっていることとか、郡上
おどりが何なのか全くわからないまま、ただあの場所にいた気がする。だから反
省点とか今後の課題とか、まともに生まれなかったし、ただおどって楽しかった
という思いだけだった。

あれから一年。去年のGW、東京で行われた青山などの物産展、そして今年の春
の郡上の旅...。いろいろなかたちで郡上と関わってこれた。その分、今回の郡上
おどり@戸塚はいろいろと考えることが多かったし、反省点も課題も目標も生まれ
た。

講演会はすごく豪華だったと思う。即興で吉村さんが故調かわさきの独々逸調を
披露してくださった。私は目も耳も心も引き込まれて感動した。またみかなさんの
発表は何回か聞いたことがあっていつもすごいなぁって思うけど、今回は特に簡
潔でわかりやすく、郡上の魅力が伝わってくるもので、これにも引き込まれた。


善了寺でのおどりで、去年と違うのは本堂の中でおどったということ。一番いい
なと思ったのは、声がよく響くことだった。外で踊った去年よりも、歌い手さんの声と踊ってる
人たち返しの声がよく聞こえて、それを聞くのが私は好きで楽しかった。


講演会での反省点は時間通りに全員を教室に移動させるできなかったこと。時間を見て、支持して行動しなければいけないのに、ついついいつもの癖で、受け身の態勢になってしまっていた。気付いた時には、時間が来ていたり、みかなさんが行動していたりで、自分の行動の遅さに反省した。

善了寺では、イベント全体の流れと、細かい善了寺側との打ち合わせ内容を理解しておくべきだった。聞かれてもわからないことが多すぎた。それでもGWのみんなは臨機応変に動いてくれていた。来年はもっと前々からわかっていることを参加するみんなで共有して、より円滑に学生が動ければと思う。



来年、今の4年生はいないのだと考えると、すごく不安に思った。もっと、今の2、3年生を巻き込んで、もっと多くの人に郡上おどり@戸塚のイベントに参加してもらいたい。郡上の方々を始め、善了寺、とつか宿駅前商店会の人たちが明るくなるような会を来年もやりたい。
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by gowest2008 | 2011-06-11 15:57

戸塚の郡上おどり

今年も戸塚祭りに郡上の方々が来てくださった。わたしがいない1年の間に、郡上と深いかかわりを築いてきたみかなの存在が終始まぶしかった。

都々逸調(七七七五)のうたをみんなで考える。日ごろ、季節のうつりかわりや日々の出来事に対して、感じて表現するのをさぼっていることがよく分かる。一生懸命中身や言葉遣いを考え、その昔うたをつくった人たちの心に思いをはせる。自分がつくったものを迫力のある声でうたっていただくと、少し照れくさいけれど、踊り以外で郡上踊りという芸術に参加できたという喜びも感じられた。

善了寺では、雨のため本堂で踊る。せっかく押入れから出してきた踊り下駄を履けず、やっぱり下駄の音がないとなんだかさみしかった。郡上舞紫の方々と再会して、踊りをおどって、とちの実せんべいやニッキ飴を見ていると、郡上の風景が浮かんでくる。今年の夏もあのまち、あの人、あの踊りに再会したいという思いが強くなる1日だった。


かなた
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by gowest2008 | 2011-06-06 03:40

3年目の郡上おどり@戸塚

5月28日(土)今年も郡上からリカルドさんをはじめとする郡上舞紫の皆さんが来て下さった。

思えば初めて郡上おどりを踊ったのも、リカルドさんにお会いしたのも2年前の戸塚まつりの時だったなぁとしみじみ思った。

戸塚の校舎では郡上特別講義。私は10分間ほど郡上八幡の説明をした。1年前もやったけれど、その時は場馴れしていなくて、緊張しすぎて本当にグダグダだった。(その時はその時なりに一生懸命だったけど。)今年は、リカルドさんに褒めていただけるまでになっていて、自分でも成長を感じられた。思えばこの一年、人前で何度郡上八幡の話をしたのだろうか。「伝えたい」と思って、表現の方法を考え、伝え続けたことが大切なことだったのだと気がついた。

都々逸調の歌詞をみんなで考えた。7.7.7.5の歌詞に自分の思いをのせる。思っていたよりも難しくて苦戦した。400年前に作られた歌詞、保存会ができて作られた歌詞、即興で作られる歌詞。もっと郡上おどりの歌詞の意味も勉強したいと思った。

そのあとは善了寺に移動して、お寺の本堂の中で郡上おどりを踊った。今年はとつか宿駅前商店の強力なバックアップをいただき、初めて物産展も開催☆お寺には、踊りに参加しなくても物産展の商品だけを買って下さる方もいた。今までは、境内で踊っていたけれど、本堂で踊ると、お囃子と踊り手がすごく近い。その距離感は更なる熱気を産み、最初は踊りの輪に加わっていなかった人も次々と踊りに加わり、まつさかを踊り終えたときの一体感はなんとも言えなかった。そのあとの交流会でも、学生、郡上の皆さん、住職、カフェデラの方々、大学の先生など、さまざまな人が混じり合い踊りの後の宴を過ごした。「士農工商の融和」とまでは行かないまでも、踊りが人々の距離を近づけてくれたのだと思った。

こうやって主体的になってこのイベントに参加できるのはもうないかもしれないと思うと寂しくなった。でも、郡上と戸塚のつながりは年々強くなっている。そのつながりを作れたことをとてもうれしく思う。10年、20年とこのイベントが続いていって欲しい。そんなことを想像するとわくわくするっ。


今年も無事に郡上おどりを戸塚で開催することができた。善了寺の住職をはじめ、カフェデラ・テラやとつか宿駅前商店会など、多くの地域の方の力をお借りし、イベントを行うことができた。こうした地域とのつながりを大切にして、ゆくゆくは青山のようなお祭りになっていったらいいなぁと思う。郡上の皆さん、来年もお待ちしております(*^_^*)

みかな
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by gowest2008 | 2011-06-04 16:17

小雨の郡上おどり@戸塚

先週の土曜日、戸塚まつりに合わせて
郡上の八幡と白鳥から歌い手さん踊り手さんが来てくださった


昼間は大学で郡上おどりの成り立ちのお話や
独々逸調の詩をみんなで書いて、それを保存会の歌い手さんが
その場でかわさきの節回しに合わせて歌ってくださるという
豪華なワークショップをしてくださった

独々逸調は7句・7句・7句・5句の詩形から出来ていて
郡上おどりの歌は独々逸調の節回しでできている
この独々逸調、なかなかむずかしい!
わたしは結局1つも完成しませんでした。。

ほのぼのするもの、大笑いを誘うもの
作ってみて改めて、生活が映る歌に心がひかれるなあと思う
わたしの町には「伊勢原よいとこ、一度はおいで」みたいな盆踊りしかないから
盆踊りはそういうものと思いがちだった
郡上おどりでは もっと暮らしを感じる、人のいのちが思い浮かぶ


夕方、場所を善了寺に移して郡上おどりを踊る
雨のために本堂の中だった
だんだんと踊れる人も踊れない人もみんな熱気を帯びていくのが分かる

阿弥陀様の前で踊りの円が右回りになったり左回りになったりする

歌の返しがなんとなくできるようになった
歌の言葉が聞こえてくるようになった
踊りだけではなく、そういうところでも郡上おどりを楽しめるようになった

それとまだお会いしたことがなかった
歌い手さんやお囃子の方に会えてうれしかった
どんどん郡上の方と知り合えていて
郡上に行くのがもっと身近なことになっていく


今年も郡上おどりの季節がはじまったなあ
次は6月18日、19日の青山での郡上おどり
早くまた踊りたくてうずうずしている

わたしも立派なおどり助平になってしまったみたいだ

ちひろ

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by gowest2008 | 2011-06-02 01:31

郡上おどり2011@戸塚

郡上おどり2011@戸塚

今年も岐阜県郡上市から、若手お囃子グループ、踊り講師をお招きします!!
初夏の戸塚で郡上八幡を感じませんか?

日時 2011年5月28日(土)

*郡上おどり特別講演会 13:30~15:30
@明治学院大学 横浜キャンパス822教室

*郡上おどり@戸塚・善了寺 17:30~20:00
ぜひ浴衣と下駄でお越しください。
地元のお菓子やお味噌などの物産も販売します

主催 明治学院大学教養教育センター×Cafe dela Terra
協賛 とつか宿駅前商店会

戸塚 善了寺
http://www.zenryouji.jp/
〒244-0002 神奈川県横浜市戸塚区矢部町125
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by gowest2008 | 2011-05-21 07:54

郡上八幡~春の旅~

こんにちは。ゆりえです。4月の始め、私はみかなさんから「春の郡上の旅」という、なんとも行く気をそそられるお誘いメールを頂きました。4月の16~18日、まさに春というこの時期に、私はみかなさんと郡上八幡の春を見に行くことに決めました。去年の夏以来約8カ月ぶりの郡上八幡。そしてはじめての春。

15日の夜中横浜からの夜行バスで名古屋まで向かい、そこからまたバスで八幡へ。長く遠かったけど全く苦ではありませんでした。八幡に着いた瞬間から、みかなさんの八幡でのバイタリティそして人とのつながりの広さ深さに驚かされます。みかなさんは常に八幡のどなたかと連絡を取り合っていて、そこで、町の人が車で迎えに来て下さったり、送って下さったり、ここにいるよと呼んで下さったりと、行動が決まっていくこともあります。そのおかげで、私は、夏のときよりも何倍もの郡上八幡の町の人たちとお知り合いになることができました。


一日目は郡上八幡城での撮影会、立派なうちかけ衣装を羽織り、お城をバックに撮影会が進んでいきます。地元の写真好きのおじさま方10人くらいに囲まれて、撮られます。なかなか体験できない面白い貴重な時間でした。午後は松浦さんの(本町の酒屋さん)ところへ行き、報告書をお渡ししました。後になって思ったことなのですが、やっぱり、自分の手で報告書を松浦さんにお渡しすることができて本当に良かったです。帰る日に、松浦さんのところに行ったとき、直接感想を頂けたからです。「ラブレターやな。ありがとう。」松浦さんをはじめ八幡の方々のことをいっぱい考えて報告書を作成した私にとっては何より嬉しいお言葉でした。夜は愛宕神社で行われている、お花見に参加しました。LEDのライトと、ろうそくの灯りと、上を見上げると枝を存分に広げて咲き誇る桜。素直にきれいで感動しました。なぜ感動的なのか。それはきっと、それを企画して、準備して、実現させている人が八幡の町の人間であって、その人たちの地元の人を喜ばせようという想いが見ていて伝わってきたからだと思います。おいしいお肉とお酒があって、地元の人たちと、夜深くまで語り合えたことが嬉しかったです。またその日は、河合研さんにもお会いし、報告書をお渡しすることが出来ました。

二日目はのんびりと平甚のお蕎麦を食べ、新しくできたサンプル工房のカフェのソフトクリームを食べ、小駄良川で小さい声で歌って(川の音で多少ふつうに歌っても周りに聞こえないのが良い点)過ごし、夕方は愛宕神社でろうそくに火を灯すお手伝いを少しして、夜は大介さん、修一郎さん、畑中さん、みかなさん、私で美味しい焼きしゃぶを食べました。この時期だからこそ聞ける神楽の話(八幡には3つの神楽があり、町によって音楽などが多少異なるそうで、修一郎さんと畑中さんは自分の町の神楽が一番いい!という小さな言い合いを楽しく行っていました^^)はとても面白いものでした。その夜は、清水長屋というところに泊りました。そこにジョインハンズ(みかなさんのブログ参照)のみなさんや公社の方、谷澤さんも来て下さってまた、楽しい語り合いを聞くことができました。

三日目は市役所へ行きました。商工観光部の大坪さんや、市長公室の田中さんに報告書をお渡しました。大坪さんから、栃木県の那須塩原が郡上軍にゆかりがあるというお話を聞き、まさか自分の出身県と郡上につながりがあるとは思ってもいなったので驚きました。今年の9月に塩原で郡上おどりがあるそうで、夏には詳細も決まるということだったので、その時にまた詳しいお話をうかがいたいなと思います。終わってお昼を食べ、お土産を買い、夕方頃郡上を出ました。


3日間、とても速く感じました。それだけ楽しく笑って過ごせたということだと思います。充実を感じることができました。地震や原発問題があり、家にいることも多かったけれど、今回の郡上八幡春の旅は、動いていなかった、弾んでいなかった心と身体を動かしてくれるいい機会でした。
また、今回の旅で3年から始まったゼミともリンクして考えることができました。今年のゼミのテーマは「地域力」で、まだ何ができるか、やれるかわかりませんが、これから深く考えていきたいと思います。収穫の多い3日間。誘ってくれたみかなさんと迎えてくださった八幡の人たちに感謝の3日間でした。
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by gowest2008 | 2011-04-19 15:55

郡上八幡春の旅2011

皆さまこんにちは みかなです。

4月16~18日の日程で郡上八幡へ行ってきました。今回の旅の目的は
「報告書を渡すこと」
「愛宕公園のさくらとライトアップを見ること」
今回はゆりえと二人旅。。いつもはひとりの旅路も2人だといろんな話に花が咲く。

土曜日は郡上八幡城で、撮影会のモデルに起用され、お城の周りでもう花嫁さんに着られることがなくなってしまった豪華な内掛けをはおり、お城の姫気分を味わいました。
夜は愛宕公園の桜のライトアップのもとでお花見☆ここには樹齢400年の黒染めの桜という桜があります。決して豪華ではないけれど、生命力を感じる桜。そしてまるで黒染めの桜をたたえるように一つ一つの竹キャンドルやLEDの灯りが公園に新たな力を与えていました。ライトアップ自体は去年から始まったものなのだそう。今年はジョインハンズ(郡上八幡のお味噌屋さん、お煎餅屋さん、仏壇屋さんの絆で始まったもの。灯りイベントを四季を通じて行い、郡上八幡の新しい魅力を引き出している。このまちを背負って立つキーパーソンたち)の力も加わっていました。私はその光景を見た瞬間に胸にこみ上げるものがあって、言葉が出なくなりました。ここの場所の力、このライトアップを作り上げた人たちの想い、そういったものがここには詰まっていたからです。そのライトアップを見ながら飲むビールほどおいしいものはないと感じました。あの場所にいなければきっと伝わらないから、あえて写真は載せません。たくさん想像してください。気になった方は来年是非一緒に行きましょう☆

日曜日はゆりえとふたりのんびりしながら、平甚さんのおそばを食べたり、さんぷる工房「北町館」のカフェのソフトクリームを食べたり、小駄良川でだらだら。。夕方には愛宕公園のキャンドルに光をともす作業を少しお手伝い。夕飯のとき、大介さんとたくさん話す中で、「今はたくさんのものを見て感じることが大切だ」と言われました。郡上八幡に来ると、たくさんの人にお世話になるし、かっこいい部分ばかり見せつけられて、「私だって活躍したい!もっとできることがある」って、焦りに似たような思いが沸くけれど、それはまちの人たちが今までにたくさんの経験をして、たくさん悩んで、その中で決断して今があるからなんだとちゃんとわかった気がしました。だから「いまできること」を悔いが残らないようにやる。私はそうしようと思いました。今回は初めて清水長屋にも泊まりました。松浦さんも絶賛の宿。昔ながらの長屋を、改装して、丸々一軒貸し出している宿。入口はすごく趣があるけれど中はとてもきれいで、BBQができるようにもなっていました。普段はまちの人たちも機会がなくて入れないからと、集まってくれました。

そこでジョインハンズメンバーとAAFの話をしたり、GWの話をしたり、この町のこれからについて熱く話をしていた。私も、郡上八幡が大好きだし、このまちのことをたくさん考えているし、もっとこうしたい、ああしたいって考えているけれど、ジョイハンメンバーはそんなもんじゃなかった。私が考えていたことは100あるうちの0.5くらいでしかなかった。ほんとは3人が話していることにもっと参加したかったけど、私はその話をひとつもこぼさないように聞き取ることに必死だった。話しても話しても話が尽きない。。あの空間に自分がいられることが幸せだった。私が郡上が好きなのはやっぱり「人」だと思う。(ここだけ文体が違うことをお許しください。)

最後の日、市役所に伺い、商工観光部の大坪さんや江川さん、市長公室の田中さんや佐藤さんにお会いして
近況報告をして、報告書をお渡ししました。夏にGWが来ることを楽しみにしてくださっていました。たくさんの人に支えられて、たくさんのつながりがあってGWが成り立っていることをしみじみ感じました

今回の旅もたくさんの人にお世話になりました。ありがとうございました。今年はもっとGWとしてもっと厚みのある旅にしたいと思いました。震災があり、原発問題があり、今も涙を流している人がいるかもしれません。その人のことを考えると、派手なことはできないと自粛ムードが全国に広がっています。でも、生活に今不自由を感じていない私たちが元気をなくすことは必要ないことなのだと思うのです。忘れてはいけない。この震災の延長線上に今年のGWもある。だからこそ、もっと元気なもっとパワフルな新しいGWの旅をしたい、西に向かうことが逃げてはなく立ち向かうことなのだと示せるような旅にしたいと、郡上の人たちの明るさや力強さから感じることができました。

郡上に季節ごとに来ると、同じものを見ても、全く違く感じたりします。そこで自分の成長や考え方や気持ちの変化を感じるのです。私にとって郡上はそんな「帰る場所」なのかもしれません。

みかな
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by gowest2008 | 2011-04-19 12:27

桜が咲きました


こんなに桜の開花を心待ちにしたことは今までになかった。それでも春はやってきた。よかった。
自然の営みは人間の手の届かないようなところにあって、それでもその境界線を越えようとする人間たちにも春という季節はやってきた。本当にありがとうと言いたい。

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原発が爆発してから、急に自分の周りのすべてが愛おしく感じられる。風も木陰も太陽も大地も。これがなくなってしまうなんてとても耐えられない。ここで生きられないのだとしたら、果たして生きる意味はあるのだろうか。そう感じてしまう。

わたしたちはどこに行こうとしているのか。毎日のように、募金活動をしている人たちを目にする。声を張り上げて、被災地の惨状を訴えている。それがどのように誰に使われるのかを知らずに呼びかけたり、募金をしている人は少なくないと思う。もしかしたら、原発を支持する形で、もしかしたら、弱者にはいきわたらない形で、使われるかもしれない。そう思うと今の状況では、募金をよびかける気にも募金をする気にもなれない。

おとといの鎌倉9条の会で内橋さんが「救済と同時に糾弾も大事だ」と言っていた。わたしが今やりたいのは、後者だと思う。「こんな非常事態」でも「元の」社会システムへの「復興」は着々と進んでいる。わたしたちが目指す復興は「元の暮らし」や「元のシステム」であってはならないと、強く思う。
こんな時に動けないのなら何のための学問なのかと考えてしまう。学問のはしっこをちょっとかじっているだけだとしても、学生として動きたいと強く思う。

昨日は高円寺の反原発デモに参加。すごい参加者の数だった。ほっとした。
日本には、声をあげる人はもういないのかもしれないと思っていたから。もしかしたら、あらゆる政策を成功させるために、反対する人を少数派や異端派として扱ってきた政府のロジックによって、そう思いこまされていたのかもしれない。

素人の乱系のデモだったから、音楽あり、ビール片手に、面白い掛け声でデモがすすんでいく。笑いのあるデモ。

友人は「ここにいる人たちのどれだけが原発について詳しく知っているのか」と言っていたが、専門的な知識から論理的にではなく、直感的に、本能的におかしいと表現できるのってやっぱりいいなと思う。

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デモの途中、長い長い列に一人の若い男性が飛び込んできた。すぐに警察官におさえられる。
何を言っているのかはよく聞こえなかったが、「原発で働いている人もいるんだ!」という言葉だけが聞こえた。彼に対して、同じように感情をコントロールできなくて警察官におさえつけられる人、「帰れ」コールをする人たち、「お前、原発って漢字読めんのか?」とバカにする人、「落ち着こう」とデモ隊に促す人。いろんな人がいた。わたしは1対大勢の中に飛び込んできた彼の話が聞きたかった。もし彼が原発で働く人たちのことを本当に大事に思っているのだとしたら、彼らがなぜあんなにも危ない場所で働かなくてはならないのか、その裏には何があるのかについて一緒に話しあえたはずだから。本当に「反原発」を訴えるならば、「できるなら原発はない方がいいと思うけど、今の社会にはなくてはならないと思うからNOとははっきり言えない」と考える人や進んで賛成する人たちとつながっていく以外に方法はないと思う。なぜ、彼らがそう考えるのか、そう考えるようにしてきたロジックは何なのか、そこまで考えて動かなければ、「反原発」は届かない。

あれだけの人々が集い声をあげたことと彼をあの場から排除したことは、デモという表現の場の可能性と限界をわたしに見せてくれたように思う。

この間、幼なじみに偶然会った。立ち話しているうちに、話は都知事選のことになった。今回の卒業式でも国歌斉唱で起立しなかった教員に処分があったことについて聞くと、「そんなに考えすぎなくていいんじゃない?そういう気持ち悪いことを考えちゃうから歌えなくなっちゃうんだから。起立くらいしてもいいと思う。」と言われた。

気にしないで、考えないで生きることは楽かもしれない。でも、幸せだとはとても思えない。つらくなる苦しくなることの方が多いのだと思うけれど、やっぱり目を開いていたい。

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気にしない、考えないのでもなく、ただ同じ主張の人とだけ群がるのでもなく、この世の中を笑って生きるために動いていたい。

かなた
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by gowest2008 | 2011-04-11 20:44

見えない でも見出さないと

エントリーシートを1枚書くだけでヒーヒー言っている。こんなんで、書く仕事に就けるんだろうか。就活。これは、誰かの協力は得たとしても、たぶん一人でやらなければならないこと。これからの人生をどう生きるのか。どこまでなら妥協できるのか。どこまでは許せないのか。それを今、決めなければならない。

今までいろんな世界を見てきたけれど、結局は見てきた、感じてきた、触れた、少し境界を越えた、だけだったのかもしれない。わたしが生きてきたのは間違いなく学校の中。どこに行っても、そのゆるぎない地位がわたしにはあった。授業が好きで、絶対に単位は落としたくない、たとえ大嫌いな先生の授業でも何か一つは学び取りたいと必死にしがみつく。そんな中で、「真面目」「努力家」などという言葉を散々かけられてここまできた。でも、これからは自分が好きなものを選ぶだけじゃない。たくさん質問をして、休まず参加していればOKなわけじゃない。自分がその組織に何を提供できるのかを相手から決められる。

今まで頑なに信じていた自分、頑張っている自分、しっかりと意見を主張できる自分、が一息でどこかに吹き飛ばされそうになっている。がんばっていたっけ?それって本気だったのか?主張してた意見て説得力があるのか?

自分の内側へ内側へと踏み込んでいく。どんどん分からなくなっている気がする。答えは、誰かにあるわけじゃなくて、自分自身の中にあると分かっているから余計に焦る。人と話していても、自分だけでからまわっているのが分かる。人と話すことで自分の考えていることが今まで整理できていたのに。こんなの初めてだ。人の話を聞く余裕がない。自分が自分がで話し続けている。外からの言葉が入ってこない。でも鋭い言葉だけが突き刺さる。

がんばっているつもりでも、がんばっていることさえも疑い始める。でも、やっぱり、言葉やこの好奇心を取ったら、きっと自分には何も残らない。歯をくいしばってでも、しがみつかないといけないのかもしれない。

ここまでが3月11日以前に書いたこと。

状況が一変した。日本が揺れた時、わたしは大学にいた。今までの人生で経験したことのない大きな揺れだったけど、おおごとだと感じたのは、目黒駅まで歩いている時だった。公衆電話には長蛇の列、防災頭巾を被った小学生の手を引いて帰るお母さんたち、公園に群がる人々、ヘルメットを被って避難してきたサラリーマンたち。そして目黒駅にはたくさんの人たち。電車が走っていない。「安全確認のために数時間かかります。再開のめどはたっていません。」というアナウンス。友達と待ち合わせをしていたため、いつから走っていないのかを駅員さんに訊こうとした瞬間、間に割り込んできたおじさんが怒鳴る。「数時間てなんなんだよ。しっかりしろよ!お前ら喜んでるんじゃねぇのか?」。苛立った言葉が突き刺さる。こんな非常事態になんて言葉をかけるんだろう。こんな状況で喜んでいる人がいるはずないのに。冷静に対応する駅員さんに感心しつつ、わたしはそのおじさんをじっと見つめてしまった。いや、睨んでいたのかもしれない。緊迫した状況に加え、人の優しさより苛立ちが目立つ。そのやりとりにすごく虚しくなって、どうにかバスに乗れて、2駅分くらい歩いて帰る。

それから4日経っている。ほぼ家から出ていない。目が離せない。同じ映像が何度流れても、見逃してはいけない気持ちになる。しっかりと見届けなければという気持ち。計画停電の影響で、大混雑している世の中に出たくないという気持ちもある。大混乱の中でささくれ立っている人たちに接したくないし、そんな現場に出くわしたくないから。ただでさえ不安定なこころにもっと波がたってしまいそうだから。企業から連絡が入り、面接や説明会が次々とスケジュールから消えていく。もっと先が見えなくなった。自分の先も、日本の先も。

原発も心配。何度も爆発を繰り返す。今までずっと「安全だ」と言ってきた、東京電力が頼りない。でも、「地震国に原発なんかつくんなよ」なんて地震の後に言っている人を見ると、違うんじゃないかと思う。危ないと知ってて、それに頼って生きてきた。それは間違いない。自分にも責任がある。原発のニュースが流れる度、寒気がする。東海の事故ですでに死者は出てしまっているが、被爆して多くの人が亡くなるなんて広島や長崎の人々に申し訳がたたない。安全だと言われていた4号機まで爆発。何を信じていいのか分からない。本当に危なかったら言わないんじゃないだろうか、そんな疑いさえうまれる。

こんな時に輪をかけて、都知事の「天罰」発言。怒りを越えて、ため息が出る。もはや、彼にではなく、彼を選び続ける都民に。こういう考えを持った人がトップにいる自治体ではつらい思いやしんどい思いをしている人たちの生活が改善されることはないだろう。

今、私たちが生きてきた生活の基盤や前提そのものが問われている。一から考え直さなければならない時に来ている。日本は、世界はこれからどう生きていくのか。本気で考えなければ。深刻な現実を見つめながらも、笑って生きなければ。そう自分に言い聞かせている。


かなた
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by gowest2008 | 2011-03-16 02:21

やっぱりご飯がおいしい!


こんにちは、あずさです。

全然関係のない話なんですが、ここに書いておきたいと思ってしまって、
ごめんなさい、個人的な話です。


ここ最近はまともに自炊してなくて、就職活動が忙しいという言い訳で。
今日は久しぶりに落ち着いたからしっかりご飯を炊いておかずを作りました。

炊き立てご飯ってこんなにおいしかったかな・・・って改めて思いました。
おばあちゃんが持たせてくれる、紫蘇が強くて濃いピンクの梅干しと白いご飯。
小松菜と厚揚げの煮びたし。だしの味だけで食べた。
びっくりした、おいしかった。


最近食べた物ってなんだろう、と考えた。
焼きそばパン、おにぎり、食事代わりのチョコドーナッツ、出来合いのお惣菜サラダ…
あのサラダの味の濃さ。
電車の中でこっそり食べたパン。しょっぱくて油が胃にもたれたんだった。
自分の舌で調節しながら、味を確かめて作ったおかずと比べて驚いた。

なんか、鈍感になっている自分に気がついた。
どんどん気にならなくなってる。

私の家は、
田んぼと畑をやっていて、牛がいて、もう少し前は鶏がいて。
牛乳とか買ったことなかったんです。
足りない野菜は自分でもいできて、みそも漬物も全部手作りで。
(私は作らず、ばあちゃん様様です。)
米食いたい~って弟が言うと、コメじゃなくてご飯だって怒られたり、
テレビは消してコタツを囲んで、みんなに箸を配って「いただきます」したり。
なんか、そんな風に普通に暮らしていました。

今の私、どうなっちゃってるんだろう。
季節感がない、口に入ればおなかにたまれば、とりあえず菓子パン安いし、、、
ほんとにいただきますって、思ってない。口ばっかりで思ってないのに言ってる。

作ったら食器は洗うし、残りは明日って器によそうけれど、
パン食べ終わったら袋を丸めてポイだし、そんなん5分で済んじゃう。

食事って大切なんだなあ。
食育ってよく聞くけど、小学生と同じくらいあたしにも必要だ。


なんかよくわからないけれど、そう思った自分に驚いてがっかりする。
絶対大丈夫とか思ってたのにな、
食事だけじゃなくて、身の回りの生活を丁寧にしたいと思った。
干しっぱなしの洗濯とか、散らかる机の上、出し忘れたゴミのある玄関。
乱れてる、いつも上手にきちんとできるとは限らないけど、暮らしが雑。

おしゃれな生活じゃなくていい、ブログに食べたものカフェ風に写真に撮って、
雑誌みたいにかわいい小物に囲まれて暮らしたいんじゃなくて。
自分が生きてるって思える暮らしをしたいと思った。
たとえば農園の野菜でご飯をつくって、梅の花に匂いに気づいて
日が長くなりましたね、って人と話せるような、地に足付けて暮らしたいと思った。


今度JA全農の面接に行く。
私は何を話すんだろう。何を語れるんだろう。
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by gowest2008 | 2011-03-04 19:11


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