Go Westな日々


GoWest2008農とアートと贈与の旅から始まった私たちのGoWestな日々をつづる
by gowest2008

見えない でも見出さないと

エントリーシートを1枚書くだけでヒーヒー言っている。こんなんで、書く仕事に就けるんだろうか。就活。これは、誰かの協力は得たとしても、たぶん一人でやらなければならないこと。これからの人生をどう生きるのか。どこまでなら妥協できるのか。どこまでは許せないのか。それを今、決めなければならない。

今までいろんな世界を見てきたけれど、結局は見てきた、感じてきた、触れた、少し境界を越えた、だけだったのかもしれない。わたしが生きてきたのは間違いなく学校の中。どこに行っても、そのゆるぎない地位がわたしにはあった。授業が好きで、絶対に単位は落としたくない、たとえ大嫌いな先生の授業でも何か一つは学び取りたいと必死にしがみつく。そんな中で、「真面目」「努力家」などという言葉を散々かけられてここまできた。でも、これからは自分が好きなものを選ぶだけじゃない。たくさん質問をして、休まず参加していればOKなわけじゃない。自分がその組織に何を提供できるのかを相手から決められる。

今まで頑なに信じていた自分、頑張っている自分、しっかりと意見を主張できる自分、が一息でどこかに吹き飛ばされそうになっている。がんばっていたっけ?それって本気だったのか?主張してた意見て説得力があるのか?

自分の内側へ内側へと踏み込んでいく。どんどん分からなくなっている気がする。答えは、誰かにあるわけじゃなくて、自分自身の中にあると分かっているから余計に焦る。人と話していても、自分だけでからまわっているのが分かる。人と話すことで自分の考えていることが今まで整理できていたのに。こんなの初めてだ。人の話を聞く余裕がない。自分が自分がで話し続けている。外からの言葉が入ってこない。でも鋭い言葉だけが突き刺さる。

がんばっているつもりでも、がんばっていることさえも疑い始める。でも、やっぱり、言葉やこの好奇心を取ったら、きっと自分には何も残らない。歯をくいしばってでも、しがみつかないといけないのかもしれない。

ここまでが3月11日以前に書いたこと。

状況が一変した。日本が揺れた時、わたしは大学にいた。今までの人生で経験したことのない大きな揺れだったけど、おおごとだと感じたのは、目黒駅まで歩いている時だった。公衆電話には長蛇の列、防災頭巾を被った小学生の手を引いて帰るお母さんたち、公園に群がる人々、ヘルメットを被って避難してきたサラリーマンたち。そして目黒駅にはたくさんの人たち。電車が走っていない。「安全確認のために数時間かかります。再開のめどはたっていません。」というアナウンス。友達と待ち合わせをしていたため、いつから走っていないのかを駅員さんに訊こうとした瞬間、間に割り込んできたおじさんが怒鳴る。「数時間てなんなんだよ。しっかりしろよ!お前ら喜んでるんじゃねぇのか?」。苛立った言葉が突き刺さる。こんな非常事態になんて言葉をかけるんだろう。こんな状況で喜んでいる人がいるはずないのに。冷静に対応する駅員さんに感心しつつ、わたしはそのおじさんをじっと見つめてしまった。いや、睨んでいたのかもしれない。緊迫した状況に加え、人の優しさより苛立ちが目立つ。そのやりとりにすごく虚しくなって、どうにかバスに乗れて、2駅分くらい歩いて帰る。

それから4日経っている。ほぼ家から出ていない。目が離せない。同じ映像が何度流れても、見逃してはいけない気持ちになる。しっかりと見届けなければという気持ち。計画停電の影響で、大混雑している世の中に出たくないという気持ちもある。大混乱の中でささくれ立っている人たちに接したくないし、そんな現場に出くわしたくないから。ただでさえ不安定なこころにもっと波がたってしまいそうだから。企業から連絡が入り、面接や説明会が次々とスケジュールから消えていく。もっと先が見えなくなった。自分の先も、日本の先も。

原発も心配。何度も爆発を繰り返す。今までずっと「安全だ」と言ってきた、東京電力が頼りない。でも、「地震国に原発なんかつくんなよ」なんて地震の後に言っている人を見ると、違うんじゃないかと思う。危ないと知ってて、それに頼って生きてきた。それは間違いない。自分にも責任がある。原発のニュースが流れる度、寒気がする。東海の事故ですでに死者は出てしまっているが、被爆して多くの人が亡くなるなんて広島や長崎の人々に申し訳がたたない。安全だと言われていた4号機まで爆発。何を信じていいのか分からない。本当に危なかったら言わないんじゃないだろうか、そんな疑いさえうまれる。

こんな時に輪をかけて、都知事の「天罰」発言。怒りを越えて、ため息が出る。もはや、彼にではなく、彼を選び続ける都民に。こういう考えを持った人がトップにいる自治体ではつらい思いやしんどい思いをしている人たちの生活が改善されることはないだろう。

今、私たちが生きてきた生活の基盤や前提そのものが問われている。一から考え直さなければならない時に来ている。日本は、世界はこれからどう生きていくのか。本気で考えなければ。深刻な現実を見つめながらも、笑って生きなければ。そう自分に言い聞かせている。


かなた
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by gowest2008 | 2011-03-16 02:21
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