わたしの言葉で「こころのたねとして」を説明するなら、「いつも通っている道、無言ですれ違っている人と、もう一度出会ってみよう」だと思う。
わたしが白金と関わりを持ったのは、この前の1月の餅つきだった。 それまで白金高輪は、大学の校舎がある場所って認識。 片道4車線の道路、そこをびゅんびゅん走る車、聳え立つ高層ビル、芸能人のいるマンション でもそんな通りから1歩はいれば、 実は狭い路地には古い家と町工場が広がる風情を感じる町。 聞き取りは2月1日から。 わたしの聞き取り対象者は商店街の電機店の大社長さん 今電機店は息子さんにまかせている。 お歳は85歳 どっしりとした雰囲気としっかりとした語り口 「昭和と同い年なんだよ」っていうのが、印象的だった。 自分の住む町に対する思い 戦地へ赴いた時の話 戦後の経済成長 「いい」時代 区画整備 再開発 なんでもない調子で語られる 「生き残ったのは運が良かった」 「育った家の上は今大通りになってるから」って言葉。 自分の身に置き換えたとき初めて、その重みを知った。 聞き取りを終えてから詩を作るなかで、頭のなかに焼け野原から再生してゆく東京の町並みのイメージが、すごい勢いで湧いてきて その瞬間 白金はわたしの中で「ただ大学がある場所」ではなくなって、知っている人の住む顔の見える町になった。 当日、冷たい突風の吹くなか チラシを見て足を立ち止まってくださる方 プロジェクターから白壁に映し出される昔の写真を目を細めて見ている方 「○○さんもいるなら」となかに入ってくださる方 四の橋市場は大賑わい。 詩を朗読しているときも、頷いたり「うんうん」と相槌を打ってくださる方がいて 本当に嬉しかった。 初めてのこたねで勝手も分からず、後悔していることもあるけど アドバイスをくれたGo Westの仲間や、場をかしてくださった四の橋市場の八百屋さんと鳥彦さん、協力してくださった志田町倶楽部の方々、聴きに来てくださった方々、何より聞き取りに協力してくださった方々に、こんな素敵な機会を与えていただいて、わたしは幸せだなあ、と思った。 そして、白金が、こたねが、わたしを構成する一部になった気がしたのでした。 もろずみちひろ by gowest2008 | 2010-02-14 17:54 | Trackback | Comments(0)
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