Go Westな日々


GoWest2008農とアートと贈与の旅から始まった私たちのGoWestな日々をつづる
by gowest2008

こころのたねとして白金高輪2010

こころのたねとして もりたゆうき

 今回の「こころのたねとして 白金高輪2010」では、学生リーダーとして参加させてもらった。この企画を行うのに、思った以上に多くの準備をしてきたし、それゆえに白金高輪地域に多く関わってきた。 大学2年になってから、学校の校舎は横浜から白金へと移った。しかしこれまでは、白金におけるほとんどの時間、学校の内に留まっていた。
 白金といえば「シロガネーゼ」というイメージが先行する。大学受験のときは、明治学院大学はお洒落な町のなかのお洒落な建物の大学というイメージであった。大学が決まってから「シロガネーゼ」という言葉を知り、自分も白金は高級でお洒落な町を想像していたし、大学1年の時もそのイメージのまま。しかし、「志田町」ということを知ってから、少しずつ町の見方が変わってきた。目につくには大きなタワーであったが足元を見れば、昔からあるような店や町工場がある。そこで、志田町倶楽部の防犯パトロールや、去年のグローバルフェスタ、世間遺産などのイベントや活動を通して少しずつ白金で暮らす人や営みを持つ人に出会ってきた。そして、今回の「こころのたねとして」で関係を築くこと、白金という街や人とつながりを持てたのではないかと感じている。

 自分が聞き取りを行ったのは、白金商店街の一角にある四の橋市場の奥にある鶏肉専門店「鳥彦」を営む方であった。22歳のときに上京し、鶏肉屋で4年間修業したのちオリンピックの開催と同時に四の橋市場で鶏肉屋を開業し、現在も鶏肉屋一筋で営む方である。

 初めてお会いしたのは、自ら聞き取りを行いたいという趣旨を伝えに行ったとき。職人という言葉が合っていて、じっと自分の言葉を聞くので、少し怖気づいた。しかし、「こころのたねとして」の聞き取りに関して説明をしていくと、「隣の八百屋さんに迷惑をかけないなら。」ということで承諾してくれた。
 そして聞き取り一日目。エプロンを持参し4時間程、お店のお手伝いをしながら、聞き取りというものではなく、おしゃべりをして終わった。鶏肉をさばくことを初体験。いつのまにか自分も黙々と作業に専念しながら、昔の商店街の様子や小さい頃のお話を伺う。しかし、ずっと昔からそうしてきたであろう作業(例えば、午後三時から鳥肉を焼き始める、鶏肉をさばくなど)をすることは、言葉で聞くことより白金の変わらないことを感じることのできる最大の機会であったと思う。鶏肉のさばき方は言葉で説明されるより、見て真似をするといった具合だ。
 また、おしゃべりやお手伝いをするとお客さんがやってくる。ほとんどが常連客である。たまに、物珍しそうに覗き込んでくる方も居る。その一人ひとりと会話をしていく。常連客がいつ来るかを把握していて、その時間や買うものを用意していく。すると約束したわけではないのに、ピッタリと予想していた時刻にきて、用意したものを買っていく。これにはとても驚いた。顔の見える買い物だと感じた。
 「こころのたねとして」は聞き取ったことを表現するにあたり、主に言葉を使って自分以外の人へと伝える。聞き取った言葉だけではなく、仕事をする姿勢や話し方などの仕草や所作を見て感じたことを表現した。聞き取りを行っているときは、どうしても相手のことを知りたいと思い、こちらが用意してきた質問を投げかけてしまいがちであるが、今回の対象の方は口より手が動く職人気質であったので、語らない言葉ではない動作や所作から人柄が伝わってきて、そしてそれを自分が言葉に置き換えていき伝えるものであった。お手伝いをすること、つまり現場に入り聞くことだけでは得られないことを感じることができた。
 また、「こころのたねとして」という手法があったために、今回の体験や聞き取り、それを表現し、伝えることができたのではないかなあと思う。
 詩に表現するにあたって難しいと感じたのは、相手の言葉に責任を持つということ。他者介入することで見えてくること、それにより聞き取られた方が自分の人生を出会いなおすことができるのであるが、無責任なことはもちろん言えない。たった二日間、聞き取りやお手伝いをさせてもらっただけで、その人を表現する。だからもちろん、表現されたなかには自分の偏った印象も含まれていると思う。こんなことを考えて、対象者の方を見るから、なお一層、相手を知ろうと見方を変えてみたりした。

 そして、当日に向け詩を作成し、会場を設営していく。

人が来てくれるのかとかは直前になってみないと分からない緊張感。対象者の方が都合により来られなくなったという空虚感。イベントを成功させたいという高揚感。

そんななかスタートした。一番で詩を発表した。会場は四の橋市場であり、まさに「鳥彦」があるところ。目をつむったら、昔の雰囲気が感じとることができるよう表現した。間の前には、商店街の通りにはみ出した人が居る。

「市場からあふれる人人人人人人人人・・・・・」※こたねの詩から抜粋

まさにそのような情景が自分の目の前に広がっていた。人だからいが出来て、それにより様々な人がのぞいていく。有名人が居るのではないかと覗く人も居た。しかし、有名人でもないただの学生が舞台に立っているだけだった。アーティストでもないただの学生が表現し、人に伝え発表する。このような場を作り上げる一員になれたことはとても嬉しかった。10名の学生の詩から10名の白金に所縁のある人と白金という場所が見えてきた。

 今回の「こころのたねとして」の実施にあたり様々な人とつながりを持つことができ、このつながりを大切にしつつ、多くの人に支えてもらいながら学生リーダーとして一企画者として実施できたことに感謝し、とにかく鳥彦のからあげが食べたい。

もりたゆうき
[PR]
by gowest2008 | 2010-02-14 00:15
<< こころのたねとして at白金高輪  こたね白金(ぱーと1) >>


カテゴリ
全体
未分類
以前の記事
リンク
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧