Go Westな日々


GoWest2008農とアートと贈与の旅から始まった私たちのGoWestな日々をつづる
by gowest2008

12.4 café de la Tera sobre Kamagasaki


善了寺にて、
住職からの「誰がうまくできたとか、誰がうまくできなかったとかではなく、今日この日が平和であることを感じながら過ごしましょう」という言葉から始まり、ろうそくの灯りで純さんがこたねを始める。


純さんやしずか、みすのこたねを聞いたハラダさんが、「8月に釜ヶ崎で読んだときとは違って、ひとつひとつのことをもう一度捉えなおしていて、所作や身体性が違う」と言っていた。

少し時間が経ってから、自分が発した言葉をもう一度自分にとりこんでいくことの重要性を感じる。ただ発するだけではなく、それをもう一度とりこむ。それがとりこむには恥ずかしいくらい無知なものでも、今の自分とはまったく違うものでも。

過去の自分と今の自分とをつなげることから自分の中のあらゆる考えをつなげることに発展させていく。必要なんだけどなかなか難しい。


第一部が終了し休憩に入り、「おつかれ」という言葉を交わした後、みんな動き出しお手伝いや会場に来ているお客さんと話し始めるgowestメンバー。みんなで約束していたわけでもないけれど、その場にいる人をどんどんまきこんでいく。

そういうメンバーのことをちょっとだけ誇らしく思いつつ、固まって話をしている1年生を見ながらわたしも2年前はこうだったんだろうな、いやそんなことないかも、と思う。


gowestが連なっていく。今年のgowestは去年より明らかに発展していた。でも、そのぶん苦い想いはあまりしなかった、わたしだけかな。去年のgowestで釜ヶ崎で手に汗握って、逃げ出したいと思いながらも、未熟な自分たちをぶつけたときの、あの苦さがあったから今があると思う。そして、何にも見えなかったけどどうしようもないドキドキわくわく感があって、苦い思いもしたけれど、心の奥の方があったまるようなこともあって、去年の夏を振り返ってレポートを書いたとき、なぜだか一人でボロボロと泣いたのを今でも覚えている。1年前のちょうど今頃にキャンパスの中にテントを張ったgowest展を開催したからか、1年前のことを最近よく考える。


今回の報告会で、釜ヶ崎について、それ以外の自分には関係のないと思っているもの、大して知りもしないのにものすごいマイナスイメージを持っているもの、について少しでも考えたり、触れてみたりするきっかけになれればうれしい。この報告会で自分たち自身も考えていることを整理することができた。もちろん、それでおわりではないけれど。

釜ヶ崎の外だからこそ見える、釜ヶ崎のごちゃまぜ感の面白さやしんどさ

釜ヶ崎の内だからこそ見える、釜ヶ崎のごちゃまぜ感のぶつかりあい、不安、手に汗にぎる感じ

それが伝えられただろうか



遠くても釜ヶ崎を自分たちとつなげることで、思い続けること

釜ヶ崎を思い続けることで、つなげること

をしていきたい

「釜ヶ崎のおっちゃんは」なんて、ひとくくりにはできない

わたしたちが会ったひとりひとりの顔を持ったおっちゃんたち

から感じたことを、ひとりひとりの顔を持ったわたしたちが、ひとりひとりへ伝えていく

わたしたちなりのメディアを通してそれが伝えられるように

これからも発してはとりこみ を繰り返していかないと




かなた
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by gowest2008 | 2009-12-08 01:35
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