Go Westな日々


GoWest2008農とアートと贈与の旅から始まった私たちのGoWestな日々をつづる
by gowest2008

GW論 渋谷の路上で 

10月22日。夜の7時。
渋谷の宮下公園で、「go westとは何だったのか」という講義を大学のキャンパスから飛び出して行った。

普段から渋谷は怖いイメージがなんとなくあった。
あまり行かないからよく知らないというのもあるけれど、知らない世界がいっぱいあって戸惑ってしまう。


宮下公園も初めてで、薄暗くて、去年までの私だったら避けて通るような公園だった。立ち入り禁止のフェンス。今までの自分だったら何のためのフェンスかよくわからなかっただろうなと思う。ところどころに見えるビニールシートで覆った建物。路上生活者がいた形跡。もちろん、そこに住んでいる方がどのような方かは会ったこともないからわからないけれど、今年のgowestで出会った元路上生活者の方とか、少し知っているからこそ、何も知らない不安感は少し取り除かれていた。

そんな公園の一角で段ボールをしいて、食糧を持ち寄って、ミュージックをかけながら、輪を作って座った。

今年のgowestで立ち寄った京都大学のキャンパスの一角に建てられたくびくびカフェのことを思い出す。5年前の京都大学の法人化により、非正規雇用者は5年でクビを切られてしまうという、大学側の意向に怒りを感じた当時の職員が建てた、抗議のシンボルである。
そういうくびくびカフェの、「場所を自分のものにする」という感覚をリアルに感じ取る。妙な緊張感がある。昔、近所のマンションの駐車場の隅に、友達と秘密基地を作って怒られた思い出がふと頭の中をよぎる。


こうやって公園で地べたに座って人が集まって談議している様子は、当事者からしたらなんでもないことなんだけど、外から見たら異様な光景なんだろうなと思う。


先生の話の中で印象的だったのは、固有名と一般名の話。
gowestで私たちが出会ったのは固有名であったはずなのに、帰ってきて、私が何か考えたりするのはなぜか一般名としてとらえてしまいがちだったことに気付く。
大学の授業でも、固有名ではなくて、一般名で話されるのが多いと思う。
なかなか“顔”というものは見えてこない。
そういった中でgowestは本当に特別な授業だなぁと改めて感じる。


釜ヶ崎へ行く前も、「路上生活者」とひとくくりにしてきたけど、実際には、ひとくくりにはできない、さまざまな人に出会った。人や場所も本当はひとくくりにできないはずなのに、自分の中に容赦なく入ってくる情報は一つの価値観を作ってしまう。世界の裏側の情報まで知れるような社会になったけど、隣に住んでいる人のことは全然わからない社会になってしまったなぁと思う。


また、釜ヶ崎で、かなよさんが「知ることは死刑だ。」とおっしゃっていたのが私には印象的だったのだけど、確かに今まで見えていなかったいろんな問題や現実を知ってしまうと、「自分はこの問題を知ったところで何ができるんだ?」と悩んで、苦しくなる。その現実を知る前の世界には絶対に戻れない。
その現実がまるでなかったように振る舞うことは簡単で、でも急に自分を偽っているような感覚に襲われてまた苦しくなる。同じ苦しいなら、その問題の存在を認めて付き合っていく方がいいような気がした。


帰りに立ち寄った居酒屋のお母さん。お母さんが煮たおでんを食べて、話をして、笑った。
今「渋谷」という場所を思い浮かべると、あのお母さんの顔が思い浮かぶ。前より、渋谷はただ怖いと思う場所ではなくなっている。





しずか
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by gowest2008 | 2009-10-26 18:35
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